ロバート・シェクリイ「五分間の機会」(受講前試訳) ― 2016年06月01日 07時30分46秒
<元テキストについて>
SFセミナー2016本会企画の「SFファンタジー翻訳教室」(講師:西崎憲先生)はリンク先のショートショートを題材に、英文の小説を日本語の小説にする際に、原文のどういうところに気を配り、そのニュアンスを日本語にしていくか、について、たいへん実践的な講義となっており、興味深く受講させていただいた。
http://www.sfseminar.org/wiki.cgi?page=SF%A5%BB%A5%DF%A5%CA%A1%BC2016%A1%A1%CB%DD%CC%F5%B6%B5%BC%BC%A5%C6%A5%AD%A5%B9%A5%C8
以下は、リンク先のショートショートを受講前に自分なりに訳してみたもの。(事前課題の〆切には間に合わず(笑))
原文は平易な英語で読みやすいわりに、なかなかに含蓄のあるいい感じのショートショートなのだが、日本語にしよう、という視点でみると、けっこういろいろ迷ってしまう箇所があちこちにあり、講義テキストとしてはナイスなセレクトだなあ、と感じた。
実際に受講してみての感想としては、自分で頭ひねった分、講義の内容がより実感できて面白かったので、〆切には間に合わなかったけど、やってみてよかったな、と思った次第。
以下は受講前の試訳を備忘録的に。これと、〆切までに提出した方々の訳文を参照しながら受講してみて、過去に大学SF研のファンジンの翻訳が「誤訳だらけ」と評されていたのが、どういうことだったのか今頃になってなんとなく実感できたような気がする。(因みに、現役時代は翻訳には手を出さなかった不真面目部員であったのだが(笑))
※講義内容で印象に残った箇所は次エントリにて。
<受講前試訳>
唐突に、ジョン・グリーアは自分が天国の入口にいることを悟った。
彼の前には来世の白色と空色の雲の大陸が広がっており、彼方には永遠の太陽の下で金色に輝く夢のような都市が見えた。彼の目の前には長身で慈愛に満ちた風貌の記録天使が立っていた。不思議なことに、グリーアはなんのショックも感じてはいなかった。というのも、彼は常々、天国は特定の宗教や宗派の信徒のためだけのものではなく、あらゆる人のためのものだと信じてきたからである。それでも、彼は疑念にとらわれ、自分の人生の全てを思い返していた。今、彼は天国の仕組みを信じきれず、ただ微笑みを浮かべるより他なかった。
「天国へようこそ」記録天使はそう言うと、いかにも威厳のある真鍮で装丁された元帳を開いた。厚い多焦点レンズを透かして目を細めつつ、天使は自らの指でびっしり書かれた名前の列を下にたどっていた。彼はグリーアの加入記録をみつけるとためらう様子を見せ、動揺で翼の先をちょっと震わせた。
「なにかまずいことでもありましたか?」グリーアはたずねた。
「わたしもそう感じている」記録天使は言った。「どうやら、死の天使はきみの約束された時刻より前に、きみをたずねてしまったようだ。彼は前にひどく遅れすぎたことがあったのだが、だからといって許されるものでもないだろう。さいわいにして、これはとるに足らない誤りだと思うが」
「ぼくの死すべき時より前に連れてきてしまった、ということですか?」グリーアは言った。「とるに足らない、とは思えませんが…」
「しかしね、きみ、これはたった5分のことなのだよ。きみが心配するほどのこともないだろう。このくらいの違いは大目にみて、きみを永遠の都に送らせてもらえないだろうか?」
記録天使は疑いようもなく正しかった。地上でのあと5分が、彼にどんな違いをもたらすというのだろう? それでもグリーアは、理由は言えないまでも、その5分が大事なのではないかと感じていた。
「ぼくはその5分が欲しいのです」グリーアは言った。
記録天使は思いやるように彼を見た。「もちろん、きみは正しい。だが、わたしも忠告しておきたい。きみは自分がどのように死んだのか覚えているかね?」
グリーアは思い出そうとして、それから頭を振った。「どうやって?」彼は自問した。
「わたしはそれを言ってみなさいと強いるつもりはない。とはいえ、死とは決して好ましいものではない。きみは今、ここにいる。われらとともにあろうとは思わないかね?」
それは確かに理にかなってはいた。しかしグリーアは何かが終わってはいない、という感覚にとりつかれていた。「もし、無理に思い出すことになるとしても」グリーアは言った。「ぼくはやっぱりその5分を過ごしてみたいのです」
「それでは、行くがいい」天使は言った。「わたしはここできみを待っているよ」
そして突然に、グリーアは地上に戻った。彼は薄暗くライトの明滅する金属製の円筒型の部屋に降りたった。空気は新鮮ではなく、蒸気と機械油の臭いがした。鋼鉄の壁が波打ち、ぎしぎしと音を立てており、継ぎ目からは水が流れ込んできていた。
グリーアは自分がどこにいるか思い出した。彼はアメリカの潜水艦「インヴィクタス(不沈)」に乗り込む砲術将校だった。ソナー探知のミスがあり、彼らは1マイルは離れているはずの海底の崖にぶつかり、今まさに漆黒の海水の中をなすすべもなく沈みつつあるのだった。インヴィクタスは既に自らの最大潜行深度を大きく超えていた。高まる水圧が艦の外殻を押しつぶすまでは、もはやほんの数分となりそうだった。グリーアは、それがまさに5分間で起こることを知っていた。
艦内には特に騒ぎはなかった。海の男たちは自分たちをきちんと律しており、迫りくる艦壁、死までの時間、恐怖を表には出さなかった。技術士官たちは席にとどまり、自分たちに救いがないことを知らせる計器の数値を淡々と読み上げていた。グリーアには、記録天使がこのこと~人生の苦い結末、凍てつく暗黒の中でのあっけなく突然の死の苦しみ~を思い出させないようにしてくれていたことがわかった。
それでもなお、グリーアは、記録天使にはわかってもらえないだろうとは思いつつも、自分がここにいることに感謝の念を抱いた。天国におわす者たちに、地上の人間の感じることがどうしてわかるだろう? グリーアは自分がふるさとにさよならを言う稀な機会を、それも、行く手に何の怖れもなしに、与えられていたのだ、ということを知った。艦壁が潰れてくるにつれて、彼は地球の美しさを想い、でき得る限りたくさん覚えていようと考えていた。まるで、異国への長旅に出るために、荷物をまとめている人のように。
SFセミナー2016本会企画の「SFファンタジー翻訳教室」(講師:西崎憲先生)はリンク先のショートショートを題材に、英文の小説を日本語の小説にする際に、原文のどういうところに気を配り、そのニュアンスを日本語にしていくか、について、たいへん実践的な講義となっており、興味深く受講させていただいた。
http://www.sfseminar.org/wiki.cgi?page=SF%A5%BB%A5%DF%A5%CA%A1%BC2016%A1%A1%CB%DD%CC%F5%B6%B5%BC%BC%A5%C6%A5%AD%A5%B9%A5%C8
以下は、リンク先のショートショートを受講前に自分なりに訳してみたもの。(事前課題の〆切には間に合わず(笑))
原文は平易な英語で読みやすいわりに、なかなかに含蓄のあるいい感じのショートショートなのだが、日本語にしよう、という視点でみると、けっこういろいろ迷ってしまう箇所があちこちにあり、講義テキストとしてはナイスなセレクトだなあ、と感じた。
実際に受講してみての感想としては、自分で頭ひねった分、講義の内容がより実感できて面白かったので、〆切には間に合わなかったけど、やってみてよかったな、と思った次第。
以下は受講前の試訳を備忘録的に。これと、〆切までに提出した方々の訳文を参照しながら受講してみて、過去に大学SF研のファンジンの翻訳が「誤訳だらけ」と評されていたのが、どういうことだったのか今頃になってなんとなく実感できたような気がする。(因みに、現役時代は翻訳には手を出さなかった不真面目部員であったのだが(笑))
※講義内容で印象に残った箇所は次エントリにて。
<受講前試訳>
唐突に、ジョン・グリーアは自分が天国の入口にいることを悟った。
彼の前には来世の白色と空色の雲の大陸が広がっており、彼方には永遠の太陽の下で金色に輝く夢のような都市が見えた。彼の目の前には長身で慈愛に満ちた風貌の記録天使が立っていた。不思議なことに、グリーアはなんのショックも感じてはいなかった。というのも、彼は常々、天国は特定の宗教や宗派の信徒のためだけのものではなく、あらゆる人のためのものだと信じてきたからである。それでも、彼は疑念にとらわれ、自分の人生の全てを思い返していた。今、彼は天国の仕組みを信じきれず、ただ微笑みを浮かべるより他なかった。
「天国へようこそ」記録天使はそう言うと、いかにも威厳のある真鍮で装丁された元帳を開いた。厚い多焦点レンズを透かして目を細めつつ、天使は自らの指でびっしり書かれた名前の列を下にたどっていた。彼はグリーアの加入記録をみつけるとためらう様子を見せ、動揺で翼の先をちょっと震わせた。
「なにかまずいことでもありましたか?」グリーアはたずねた。
「わたしもそう感じている」記録天使は言った。「どうやら、死の天使はきみの約束された時刻より前に、きみをたずねてしまったようだ。彼は前にひどく遅れすぎたことがあったのだが、だからといって許されるものでもないだろう。さいわいにして、これはとるに足らない誤りだと思うが」
「ぼくの死すべき時より前に連れてきてしまった、ということですか?」グリーアは言った。「とるに足らない、とは思えませんが…」
「しかしね、きみ、これはたった5分のことなのだよ。きみが心配するほどのこともないだろう。このくらいの違いは大目にみて、きみを永遠の都に送らせてもらえないだろうか?」
記録天使は疑いようもなく正しかった。地上でのあと5分が、彼にどんな違いをもたらすというのだろう? それでもグリーアは、理由は言えないまでも、その5分が大事なのではないかと感じていた。
「ぼくはその5分が欲しいのです」グリーアは言った。
記録天使は思いやるように彼を見た。「もちろん、きみは正しい。だが、わたしも忠告しておきたい。きみは自分がどのように死んだのか覚えているかね?」
グリーアは思い出そうとして、それから頭を振った。「どうやって?」彼は自問した。
「わたしはそれを言ってみなさいと強いるつもりはない。とはいえ、死とは決して好ましいものではない。きみは今、ここにいる。われらとともにあろうとは思わないかね?」
それは確かに理にかなってはいた。しかしグリーアは何かが終わってはいない、という感覚にとりつかれていた。「もし、無理に思い出すことになるとしても」グリーアは言った。「ぼくはやっぱりその5分を過ごしてみたいのです」
「それでは、行くがいい」天使は言った。「わたしはここできみを待っているよ」
そして突然に、グリーアは地上に戻った。彼は薄暗くライトの明滅する金属製の円筒型の部屋に降りたった。空気は新鮮ではなく、蒸気と機械油の臭いがした。鋼鉄の壁が波打ち、ぎしぎしと音を立てており、継ぎ目からは水が流れ込んできていた。
グリーアは自分がどこにいるか思い出した。彼はアメリカの潜水艦「インヴィクタス(不沈)」に乗り込む砲術将校だった。ソナー探知のミスがあり、彼らは1マイルは離れているはずの海底の崖にぶつかり、今まさに漆黒の海水の中をなすすべもなく沈みつつあるのだった。インヴィクタスは既に自らの最大潜行深度を大きく超えていた。高まる水圧が艦の外殻を押しつぶすまでは、もはやほんの数分となりそうだった。グリーアは、それがまさに5分間で起こることを知っていた。
艦内には特に騒ぎはなかった。海の男たちは自分たちをきちんと律しており、迫りくる艦壁、死までの時間、恐怖を表には出さなかった。技術士官たちは席にとどまり、自分たちに救いがないことを知らせる計器の数値を淡々と読み上げていた。グリーアには、記録天使がこのこと~人生の苦い結末、凍てつく暗黒の中でのあっけなく突然の死の苦しみ~を思い出させないようにしてくれていたことがわかった。
それでもなお、グリーアは、記録天使にはわかってもらえないだろうとは思いつつも、自分がここにいることに感謝の念を抱いた。天国におわす者たちに、地上の人間の感じることがどうしてわかるだろう? グリーアは自分がふるさとにさよならを言う稀な機会を、それも、行く手に何の怖れもなしに、与えられていたのだ、ということを知った。艦壁が潰れてくるにつれて、彼は地球の美しさを想い、でき得る限りたくさん覚えていようと考えていた。まるで、異国への長旅に出るために、荷物をまとめている人のように。
翻訳教室覚書 ― 2016年06月09日 04時25分38秒
ということで、SFセミナーの翻訳教室で印象に残った箇所の覚書。当日は〆切前に課題を提出した人の訳文を元テキストといくつか対照させた配布資料もあり、複数の人の解釈を確認しつつ、西崎さんの解釈が解説される、という流れ。時間の関係ではしょられちゃった箇所もあちこちあったのはちょっと残念。
なお、翻訳の難易度を10段階でつけるなら、このテキストは4くらいではないか、とのこと。(教材向き、という感じ?)
■「突然」は訳さなくていい!?
Suddenly, John Greer found that he was at the entrance to Heaven.
ほとんどの人が「突然」と訳していた冒頭の文章のさらに冒頭の「Suddenly」、文章全体を日本語にする場合には、「ふと気がつくと」のように、動詞の翻訳に「Suddenly」で表されるニュアンスが表現されることが多いので、「Suddenly」をそのまま「突然」と訳さなくてもよい、とのこと。これは目からウロコで、ちょっと会場がどよめいてました。
■冠詞が表すものは?
Before him stretched the white and azure cloud-lands of the hereafter, and in the far distance he could see a fabulous city gleaming gold under an eternal sun.
次の文章。来世の光景が描写されているけど、直訳的に訳すと自然な日本語になかなかならない。具体例は省くけど、この箇所の講義のポイントとしては、「日本語の文章として不自然にならない」ことは意識すべき、とのこと。
そして文末の「an eternal sun」。この「an」は、ここで見えている「sun」が、主人公がいつも地上で目にしていた太陽とは違う、初めて目にする「sun」である、というニュアンスが読み取れる、とのこと。
英作文をしていても、日本人の弱点と言われる冠詞だが、その難しさをさらに実感しました。
■単数・複数の解釈&驚いた時はどうなる?
"Welcome to Heaven," the Recording Angel said, and opened a great brass-bound ledger. Squinting through thick bifocals, the angel ran his finger down the dense rows of names. He found Greer's entry and hesitated, his wing tips fluttering momentarily in agitation.
ここでは、末尾の「his wing tips fluttering momentarily in agitation.」にスポットを。まず、「wing tips」が複数なので、これは天使の「両翼」の先端、ということになるが、試訳で「両翼」のニュアンスを入れていたのはお一方のみでした。確かに、あまり意識せずにさらっと日本語にすると抜けてしまいそう。
また、文節全体として天使の自発的な意志とは関係ない動きであることがわかるので、訳す時に「天使が翼の先をふるわせた」というようにしてしまうと、意図的に動かしているような日本語になる(実際、試訳の中にも何例かあり)ので要注意、とのこと。
■会話の言葉遣い
The Recording Angel looked at him with compassion. "You have the right, of course. But I would advise against it. Do you remember how you died?"
Greer thought, then shook his head. "How?" he asked.
"I am not allowed to say. But death is never pleasant. You're here now. Why not stay with us?"
That was only reasonable. But Greer was nagged by a sense of something unfinished. "If it's allowed," he said, "I really would like to have those last minutes."
"Go, then," said the Angel, "and I will wait for you here."
この箇所にかぎらず、会話の文をみると、天使側がシンプルに言い切っているのと比べ、主人公がややまわりくどい言い回しをしている。この違いからは、天使の方はちょっとぞんざいに、主人公の方は丁寧な言葉で話している、立場の違いのニュアンスがわかる、とのこと。
(前エントリの自分の試訳で、模範例に近かったのはこの箇所くらい。しかも、上記のように英文からニュアンスを読み取ったというより、シチュエーションからその方が自然か、と思って訳したので、たんなる偶然ともいえる)
■潜水艦の名は?
Then Greer remembered where he was. He was a gunnery officer aboard the U. S. submarine Invictus. There had been a sonar failure; they had just rammed an underwater cliff that should have been a mile away, and now were dropping helplessly through the black water.
これはなかなか含蓄のある箇所で潜水艦の名前「Invictus」は辞書などによると「不沈」の意味があるので、英語で読むならその名前に込められた皮肉なニュアンスが見ただけで伝わるけど、どう訳すか悩ましい。
ありがちな例としては、こういう潜水艦名を<>などでくくる(「潜水艦<インヴィクタス>のように)こともあるが、ここはあまり名前を強調しないほうが自然な訳文になる、とのこと。(会場の大森センセからも「こういう時に<>はつけない」とのコメントありました)
■天使のおしごと?
翻訳の善し悪しとは別に、記録天使が分厚い遠近両用眼鏡(これもそのまま訳すと自然な日本語にしにくい?)を使っていたり、死神がオーバーワークでうっかりミスをしたりしているあたりは、天上界なのに妙に人間臭くて、ちょっとしたユーモアかもしれない。
■所感
翻訳のあり方については必ずしも正解はなく、逐語訳にこだわって、かつ日本語としても自然な訳文を駆使される翻訳家の方もおられるが、今回の講師の西崎さんは「日本語の小説として自然に読める」ことに重きを置いたスタンスといえると思うが、一方で、冠詞や単数複数にまで気を配る、という点では、原文に込められたニュアンスはすみずみまで読み取った上で、原文で表現されていたことはちゃんと訳文に反映させよう、ということになるかと思う。
日本の英語学習は基本、逐語訳なので、身に付いたそのあたりの殻は、普段あまり意識しないが、授業的な「英文和訳」と「翻訳」の間のハードルの違いはちょっと実感できたように思う。
そういえば、こちらは一種の極論かも? とも思うが、昨年(2015年)の名古屋SFシンポジウムでは、中村融さんがご自身の翻訳流儀として、原文で語られている内容がちゃんと含まれるなら、英文と日本語の文章が必ずしも対応していなくてもよい、原文の複数の文章を解体して日本語の訳文として再構成することもある、という趣旨のことをいっておられたが、これも上記の西崎さんのスタンスと概ね近いように思う。
なんにしろ、短時間ながら、翻訳の奥深さを体感できる体験ではあったが、大学SF研現役時代の自分の英語力では、やっぱり翻訳やらなかったのは正解だったかも(笑)、とも思った。
なお、翻訳の難易度を10段階でつけるなら、このテキストは4くらいではないか、とのこと。(教材向き、という感じ?)
■「突然」は訳さなくていい!?
Suddenly, John Greer found that he was at the entrance to Heaven.
ほとんどの人が「突然」と訳していた冒頭の文章のさらに冒頭の「Suddenly」、文章全体を日本語にする場合には、「ふと気がつくと」のように、動詞の翻訳に「Suddenly」で表されるニュアンスが表現されることが多いので、「Suddenly」をそのまま「突然」と訳さなくてもよい、とのこと。これは目からウロコで、ちょっと会場がどよめいてました。
■冠詞が表すものは?
Before him stretched the white and azure cloud-lands of the hereafter, and in the far distance he could see a fabulous city gleaming gold under an eternal sun.
次の文章。来世の光景が描写されているけど、直訳的に訳すと自然な日本語になかなかならない。具体例は省くけど、この箇所の講義のポイントとしては、「日本語の文章として不自然にならない」ことは意識すべき、とのこと。
そして文末の「an eternal sun」。この「an」は、ここで見えている「sun」が、主人公がいつも地上で目にしていた太陽とは違う、初めて目にする「sun」である、というニュアンスが読み取れる、とのこと。
英作文をしていても、日本人の弱点と言われる冠詞だが、その難しさをさらに実感しました。
■単数・複数の解釈&驚いた時はどうなる?
"Welcome to Heaven," the Recording Angel said, and opened a great brass-bound ledger. Squinting through thick bifocals, the angel ran his finger down the dense rows of names. He found Greer's entry and hesitated, his wing tips fluttering momentarily in agitation.
ここでは、末尾の「his wing tips fluttering momentarily in agitation.」にスポットを。まず、「wing tips」が複数なので、これは天使の「両翼」の先端、ということになるが、試訳で「両翼」のニュアンスを入れていたのはお一方のみでした。確かに、あまり意識せずにさらっと日本語にすると抜けてしまいそう。
また、文節全体として天使の自発的な意志とは関係ない動きであることがわかるので、訳す時に「天使が翼の先をふるわせた」というようにしてしまうと、意図的に動かしているような日本語になる(実際、試訳の中にも何例かあり)ので要注意、とのこと。
■会話の言葉遣い
The Recording Angel looked at him with compassion. "You have the right, of course. But I would advise against it. Do you remember how you died?"
Greer thought, then shook his head. "How?" he asked.
"I am not allowed to say. But death is never pleasant. You're here now. Why not stay with us?"
That was only reasonable. But Greer was nagged by a sense of something unfinished. "If it's allowed," he said, "I really would like to have those last minutes."
"Go, then," said the Angel, "and I will wait for you here."
この箇所にかぎらず、会話の文をみると、天使側がシンプルに言い切っているのと比べ、主人公がややまわりくどい言い回しをしている。この違いからは、天使の方はちょっとぞんざいに、主人公の方は丁寧な言葉で話している、立場の違いのニュアンスがわかる、とのこと。
(前エントリの自分の試訳で、模範例に近かったのはこの箇所くらい。しかも、上記のように英文からニュアンスを読み取ったというより、シチュエーションからその方が自然か、と思って訳したので、たんなる偶然ともいえる)
■潜水艦の名は?
Then Greer remembered where he was. He was a gunnery officer aboard the U. S. submarine Invictus. There had been a sonar failure; they had just rammed an underwater cliff that should have been a mile away, and now were dropping helplessly through the black water.
これはなかなか含蓄のある箇所で潜水艦の名前「Invictus」は辞書などによると「不沈」の意味があるので、英語で読むならその名前に込められた皮肉なニュアンスが見ただけで伝わるけど、どう訳すか悩ましい。
ありがちな例としては、こういう潜水艦名を<>などでくくる(「潜水艦<インヴィクタス>のように)こともあるが、ここはあまり名前を強調しないほうが自然な訳文になる、とのこと。(会場の大森センセからも「こういう時に<>はつけない」とのコメントありました)
■天使のおしごと?
翻訳の善し悪しとは別に、記録天使が分厚い遠近両用眼鏡(これもそのまま訳すと自然な日本語にしにくい?)を使っていたり、死神がオーバーワークでうっかりミスをしたりしているあたりは、天上界なのに妙に人間臭くて、ちょっとしたユーモアかもしれない。
■所感
翻訳のあり方については必ずしも正解はなく、逐語訳にこだわって、かつ日本語としても自然な訳文を駆使される翻訳家の方もおられるが、今回の講師の西崎さんは「日本語の小説として自然に読める」ことに重きを置いたスタンスといえると思うが、一方で、冠詞や単数複数にまで気を配る、という点では、原文に込められたニュアンスはすみずみまで読み取った上で、原文で表現されていたことはちゃんと訳文に反映させよう、ということになるかと思う。
日本の英語学習は基本、逐語訳なので、身に付いたそのあたりの殻は、普段あまり意識しないが、授業的な「英文和訳」と「翻訳」の間のハードルの違いはちょっと実感できたように思う。
そういえば、こちらは一種の極論かも? とも思うが、昨年(2015年)の名古屋SFシンポジウムでは、中村融さんがご自身の翻訳流儀として、原文で語られている内容がちゃんと含まれるなら、英文と日本語の文章が必ずしも対応していなくてもよい、原文の複数の文章を解体して日本語の訳文として再構成することもある、という趣旨のことをいっておられたが、これも上記の西崎さんのスタンスと概ね近いように思う。
なんにしろ、短時間ながら、翻訳の奥深さを体感できる体験ではあったが、大学SF研現役時代の自分の英語力では、やっぱり翻訳やらなかったのは正解だったかも(笑)、とも思った。
ロバート・シェクリイ「五分間の機会」(受講後改訳版) ― 2016年06月12日 10時22分55秒
そして目覚めると、ジョン・グリーアは天国の入口にいた。
彼の前には、はるかな蒼穹と真っ白な来世の雲海が広がっており、さらに彼方には天上の永遠の太陽の下で金色に輝く夢のような都市が見えた。彼の目前におわしたのは、見上げるほどの慈愛に満ちた風貌の記録天使であった。グリーアは、自分が存外驚いていないものだな、と思ったが、それは、彼が日頃から、天国というものは特定の宗教や宗派の信徒のためだけのものではなく、あらゆる人のためのものだと信じてきたからだろうか。それでも、これまでの人生を通じ、そのことを信じきれずに思い惑うこともままあった。そして今この時にも、彼は天の采配を信じ切れておらず、ただ微笑みを浮かべるより他なかった。
「天国へようこそ」記録天使はそう言うと、重々しく真鍮の金具で綴じられた台帳を開いた。ぶ厚い眼鏡の奥で目を細めつつ、天使はびっしり書かれた名前の列をたどって指を下に走らせていたが、グリーアの記録をみつけると表情を曇らせた。天使の双翼の先が一瞬ぴくりとしたのは動揺のためか。
「なにかまずいことでもありましたか?」グリーアはたずねた。
「わたしもそう感じている」記録天使は言った。「どうやら、死の天使は定められた時刻より前に、きみをたずねてしまったようだ。彼はこのところ遅くまで働きづめだったのだが、だからといって許されるものでもないだろう。さいわいにして、これはとるに足らない誤りだと思うが」
「ぼくの死すべき時より前に連れてきてしまった、ということですか?」グリーアは言った。「とるに足らない、とは思いませんが…」
「しかしね、きみ、これはたった5分のことなのだよ。きみが気に病むほどのことでもないのではないかな。どうだろう、このくらいの違いにはお互い目をつむることにして、きみを永遠の都に送らせてもらえないかね?」
記録天使は疑いようもなく正しかった。現世でのあと5分が、彼にどんな違いをもたらし得るというのだろう? それでもグリーアは、理由は言えないまでも、その5分が大事なのではないかと感じていた。
「ぼくにその5分をいただけないものでしょうか」グリーアは言った。
記録天使は思いやるように彼を見やった。「もちろん、きみの方が正しい。だが、わたしも忠告しておきたい。きみは自分がどのように死んだのか覚えているかね?」
グリーアは思い出そうとして、それから頭を振った。「どうやって?」彼は自問した。
「わたしはそれを言ってみなさいと強いるつもりはない。とはいえ、死とは決して好ましいものではない。きみは今、ここにいる。われらとともにあろうとは思わないかね?」
それは確かに理にかなってはいた。しかしグリーアは何かが終わってはいない、という思いを振り払えずにいた。「もし、無理に思い出すことになるとしても」グリーアは言った。「ぼくはどうしてもその5分を過ごしてみたいのです」
「それでは、行くがいい」天使は言った。「わたしはここできみを待っているよ」
そしてまた目覚めると、グリーアは現世に戻っていた。彼は薄暗くライトの明滅する金属製の丸い空間にいた。空気は澱んでおり、蒸気と機械油の臭いがした。鋼鉄の壁が波打ち、ぎしぎしと音を立てており、継ぎ目からは水が流れ込んできていた。
グリーアは自分がどこにいるか思い出した。彼はアメリカの潜水艦インヴィクタスに乗り込む砲術将校だった。ソナー探知のミスがあり、彼らは1マイルは離れているはずの海崖にぶつかり、今まさに漆黒の海水の中をなすすべもなく沈みつつあるのだった。インヴィクタスはとっくに自らの最大潜行深度を大きく超えていた。ぐんぐん高まる水圧が艦の外殻を押しつぶすまでは、もはやほんの数分で足りると思われた。グリーアは、それがまさに5分間で起こるであろうと知っていた。
艦内には特に騒ぎはなかった。海の男たちは、迫りくる艦壁を自分たちの身体で押し返そうとしつつ、その時を待ち、恐怖に震えてもいたが、自分たちの感情はしっかり抑え込んでいた。技術士官たちは席にとどまり、自分たちが助かりようがないことを知らせる計器の数値を淡々と読み上げていた。グリーアは、記録天使がこのこと~人生の苦い結末、凍てつく暗黒の中でのあっけなく突然の死の苦しみ~を思い出させないようにしてくれていたのだと悟った。
それでもなお、グリーアは、記録天使にはわかってもらえないだろうとは思いつつも、自分がここにいることに感謝の念を抱いた。天上におわす人ならぬものに、地上の人たるものが感じることがどうしてわかるだろう? グリーアには、自分がふるさとにさよならを言う稀な機会を、それも、行く手に何の怖れもなしにそうできる機会を与えられていたのだ、ということがわかった。艦壁が圧壊せんとする中、彼は地球の美しさを想い、できるだけたくさん覚えていようと考えていた。まるで、異国への長旅に出るために、荷物を詰め込んでいる人のように。
彼の前には、はるかな蒼穹と真っ白な来世の雲海が広がっており、さらに彼方には天上の永遠の太陽の下で金色に輝く夢のような都市が見えた。彼の目前におわしたのは、見上げるほどの慈愛に満ちた風貌の記録天使であった。グリーアは、自分が存外驚いていないものだな、と思ったが、それは、彼が日頃から、天国というものは特定の宗教や宗派の信徒のためだけのものではなく、あらゆる人のためのものだと信じてきたからだろうか。それでも、これまでの人生を通じ、そのことを信じきれずに思い惑うこともままあった。そして今この時にも、彼は天の采配を信じ切れておらず、ただ微笑みを浮かべるより他なかった。
「天国へようこそ」記録天使はそう言うと、重々しく真鍮の金具で綴じられた台帳を開いた。ぶ厚い眼鏡の奥で目を細めつつ、天使はびっしり書かれた名前の列をたどって指を下に走らせていたが、グリーアの記録をみつけると表情を曇らせた。天使の双翼の先が一瞬ぴくりとしたのは動揺のためか。
「なにかまずいことでもありましたか?」グリーアはたずねた。
「わたしもそう感じている」記録天使は言った。「どうやら、死の天使は定められた時刻より前に、きみをたずねてしまったようだ。彼はこのところ遅くまで働きづめだったのだが、だからといって許されるものでもないだろう。さいわいにして、これはとるに足らない誤りだと思うが」
「ぼくの死すべき時より前に連れてきてしまった、ということですか?」グリーアは言った。「とるに足らない、とは思いませんが…」
「しかしね、きみ、これはたった5分のことなのだよ。きみが気に病むほどのことでもないのではないかな。どうだろう、このくらいの違いにはお互い目をつむることにして、きみを永遠の都に送らせてもらえないかね?」
記録天使は疑いようもなく正しかった。現世でのあと5分が、彼にどんな違いをもたらし得るというのだろう? それでもグリーアは、理由は言えないまでも、その5分が大事なのではないかと感じていた。
「ぼくにその5分をいただけないものでしょうか」グリーアは言った。
記録天使は思いやるように彼を見やった。「もちろん、きみの方が正しい。だが、わたしも忠告しておきたい。きみは自分がどのように死んだのか覚えているかね?」
グリーアは思い出そうとして、それから頭を振った。「どうやって?」彼は自問した。
「わたしはそれを言ってみなさいと強いるつもりはない。とはいえ、死とは決して好ましいものではない。きみは今、ここにいる。われらとともにあろうとは思わないかね?」
それは確かに理にかなってはいた。しかしグリーアは何かが終わってはいない、という思いを振り払えずにいた。「もし、無理に思い出すことになるとしても」グリーアは言った。「ぼくはどうしてもその5分を過ごしてみたいのです」
「それでは、行くがいい」天使は言った。「わたしはここできみを待っているよ」
そしてまた目覚めると、グリーアは現世に戻っていた。彼は薄暗くライトの明滅する金属製の丸い空間にいた。空気は澱んでおり、蒸気と機械油の臭いがした。鋼鉄の壁が波打ち、ぎしぎしと音を立てており、継ぎ目からは水が流れ込んできていた。
グリーアは自分がどこにいるか思い出した。彼はアメリカの潜水艦インヴィクタスに乗り込む砲術将校だった。ソナー探知のミスがあり、彼らは1マイルは離れているはずの海崖にぶつかり、今まさに漆黒の海水の中をなすすべもなく沈みつつあるのだった。インヴィクタスはとっくに自らの最大潜行深度を大きく超えていた。ぐんぐん高まる水圧が艦の外殻を押しつぶすまでは、もはやほんの数分で足りると思われた。グリーアは、それがまさに5分間で起こるであろうと知っていた。
艦内には特に騒ぎはなかった。海の男たちは、迫りくる艦壁を自分たちの身体で押し返そうとしつつ、その時を待ち、恐怖に震えてもいたが、自分たちの感情はしっかり抑え込んでいた。技術士官たちは席にとどまり、自分たちが助かりようがないことを知らせる計器の数値を淡々と読み上げていた。グリーアは、記録天使がこのこと~人生の苦い結末、凍てつく暗黒の中でのあっけなく突然の死の苦しみ~を思い出させないようにしてくれていたのだと悟った。
それでもなお、グリーアは、記録天使にはわかってもらえないだろうとは思いつつも、自分がここにいることに感謝の念を抱いた。天上におわす人ならぬものに、地上の人たるものが感じることがどうしてわかるだろう? グリーアには、自分がふるさとにさよならを言う稀な機会を、それも、行く手に何の怖れもなしにそうできる機会を与えられていたのだ、ということがわかった。艦壁が圧壊せんとする中、彼は地球の美しさを想い、できるだけたくさん覚えていようと考えていた。まるで、異国への長旅に出るために、荷物を詰め込んでいる人のように。
2016年5月に読んだ本 ― 2016年06月14日 21時23分24秒
5月はSFセミナーが(その後のオフ会含め)今年も楽しかったですね。ともあれ、仕事がばたばたしてきて、ちょっと冊数は少なめ。
■中村澄子・大里秀介『TOEICテストで目標点数を出したあとで、ビジネスで活躍するための英語勉強法』 講談社
TOEICブロガーとして大活躍中の大里氏(会社の後輩にあたる)の新刊、ということで読んでみた。海外留学でも海外出張でも、「TOEICで学んだことを役に立てるのだ!」という強固な意志と行動力には頭が下がる…のだが、海外赴任時代の話がけっこう生々しい。そんないろいろな目にあっていたのか。
共著者の中村氏の方はもともとTOEIC参考書の世界では著名とのことで、TOEICはある程度のスコアを出したら、実践的な英会話やビジネスメール等の学習に移行するべき、とのスタンス。そこをあえてTOEICで乗り切った経験者の体験談を配することで、英語学習の心構えを語るための本、という感じ。英語勉強法そのものを期待される向きにはやや焦点が違って見えるかも。
■萩尾望都『萩尾望都 SFアートワークス』 河出書房新社
前に銀座の画廊でやったごく小規模な原画展からスケールアップした原画展を吉祥寺で鑑賞。この画集に収録された作品のかなりの部分は直に原画で観ることができた。当たり前の話だが、原画の繊細さはやはり生で観るにしくはない。
因みに、原画を観て一番驚いたのは、魔王子シリーズの表紙はカラーで彩色した原画の上に色セロハンを貼ってあったという点か。あの不思議な効果はこんなシンプルな技法だったのか。あと、スターレッドと阿修羅王の原画をみると感動で目が潤む。
■吉本隆明(&ハルノ宵子)『開店休業』 プレジデント社
吉本隆明生前最後のdancyu連載ミニコラム…というだけなら、内容的に単なるお年寄りの想い出話(しかも間違い、勘違い多し)で、おそらくなんてことないエッセイ集になっていたであろうところ、長女にしてマンガ家のハルノ宵子が全エッセイ(1回4ページ)に見開き2ページの注釈コラムを入れることで、本編エッセイの著者本人は意識していない「老い」や「勘違い」「間違い」が正され、また、親の「老い」を見守る視線が付加され、予想外に興味深い内容に化けている。ここでまた、ハルノ宵子のエッセイそのものも父親とは異なる個性や生活観の味わいがあるのがさらにいい。結果的父娘合作エッセイの妙。
■テリー・ビッスン『世界の果てまで何マイル』 ハヤカワ文庫SF
古本屋でやっとみつけた。ビッスンの長篇。なるほどこれは『ふたりジャネット』『平ら山を越えて』収録のアメリカンほら話の系譜。
個人的には、アメ車とラジオの組み合わせがキーとなるロードムービーということで、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』から『ナイト・オン・アース(ナイト・オン・ザ・プラネット)』あたりのジム・ジャームッシュを思わせて、いい感じ。
とはいえ、なりゆきのまま美少女と古いアメ車に乗り込んでの不思議なハイウェイ道中は、今ならクルマと女の子がキャッチーに描ける絵師の表紙と口絵でもつけてライトノベル文体で改訳して再刊するといいかも。
ついでにいうと、すごく狭い世界観の中での創造主の孤独をめぐる青春物語、という点では、実は新井素子『いつか猫になる日まで』との共通点もあるように思った。
■ケン・リュウ『蒲公英(ダンデライオン)王朝記 巻ノ一:諸王の誉れ』 新☆ハヤカワSFシリーズ
短編集『紙の動物園』ではテーマからアイデア、構成まで驚くほど幅広い短編のバリエーションを披露したケン・リュウの初長篇はなんと中国風の架空世界を舞台にしたシルクパンク武侠群像劇。二転三転する物語の面白さに一気読み。
三国志っぽい骨格に独自の科学技術による兵器開発の味付けあり(このあたりがシルクパンクの所以)、メインの二人には自分探し青年の成長物語と貴種流離譚の要素もあり、一方、兵站をしっかり考証した丁々発止の軍略あり、様々な要素が万華鏡的に楽しめる。
■岸本佐知子『なんらかの事情』 ちくま文庫
エッセイと思わせて斜め上の連想、奇想がどこに着地するか読めない不思議な小噺集。地下鉄車内で読み始めたらいきなり腹筋崩壊して不審者になりかけたので、我が家では危険物指定することとした。
■中村澄子・大里秀介『TOEICテストで目標点数を出したあとで、ビジネスで活躍するための英語勉強法』 講談社
TOEICブロガーとして大活躍中の大里氏(会社の後輩にあたる)の新刊、ということで読んでみた。海外留学でも海外出張でも、「TOEICで学んだことを役に立てるのだ!」という強固な意志と行動力には頭が下がる…のだが、海外赴任時代の話がけっこう生々しい。そんないろいろな目にあっていたのか。
共著者の中村氏の方はもともとTOEIC参考書の世界では著名とのことで、TOEICはある程度のスコアを出したら、実践的な英会話やビジネスメール等の学習に移行するべき、とのスタンス。そこをあえてTOEICで乗り切った経験者の体験談を配することで、英語学習の心構えを語るための本、という感じ。英語勉強法そのものを期待される向きにはやや焦点が違って見えるかも。
■萩尾望都『萩尾望都 SFアートワークス』 河出書房新社
前に銀座の画廊でやったごく小規模な原画展からスケールアップした原画展を吉祥寺で鑑賞。この画集に収録された作品のかなりの部分は直に原画で観ることができた。当たり前の話だが、原画の繊細さはやはり生で観るにしくはない。
因みに、原画を観て一番驚いたのは、魔王子シリーズの表紙はカラーで彩色した原画の上に色セロハンを貼ってあったという点か。あの不思議な効果はこんなシンプルな技法だったのか。あと、スターレッドと阿修羅王の原画をみると感動で目が潤む。
■吉本隆明(&ハルノ宵子)『開店休業』 プレジデント社
吉本隆明生前最後のdancyu連載ミニコラム…というだけなら、内容的に単なるお年寄りの想い出話(しかも間違い、勘違い多し)で、おそらくなんてことないエッセイ集になっていたであろうところ、長女にしてマンガ家のハルノ宵子が全エッセイ(1回4ページ)に見開き2ページの注釈コラムを入れることで、本編エッセイの著者本人は意識していない「老い」や「勘違い」「間違い」が正され、また、親の「老い」を見守る視線が付加され、予想外に興味深い内容に化けている。ここでまた、ハルノ宵子のエッセイそのものも父親とは異なる個性や生活観の味わいがあるのがさらにいい。結果的父娘合作エッセイの妙。
■テリー・ビッスン『世界の果てまで何マイル』 ハヤカワ文庫SF
古本屋でやっとみつけた。ビッスンの長篇。なるほどこれは『ふたりジャネット』『平ら山を越えて』収録のアメリカンほら話の系譜。
個人的には、アメ車とラジオの組み合わせがキーとなるロードムービーということで、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』から『ナイト・オン・アース(ナイト・オン・ザ・プラネット)』あたりのジム・ジャームッシュを思わせて、いい感じ。
とはいえ、なりゆきのまま美少女と古いアメ車に乗り込んでの不思議なハイウェイ道中は、今ならクルマと女の子がキャッチーに描ける絵師の表紙と口絵でもつけてライトノベル文体で改訳して再刊するといいかも。
ついでにいうと、すごく狭い世界観の中での創造主の孤独をめぐる青春物語、という点では、実は新井素子『いつか猫になる日まで』との共通点もあるように思った。
■ケン・リュウ『蒲公英(ダンデライオン)王朝記 巻ノ一:諸王の誉れ』 新☆ハヤカワSFシリーズ
短編集『紙の動物園』ではテーマからアイデア、構成まで驚くほど幅広い短編のバリエーションを披露したケン・リュウの初長篇はなんと中国風の架空世界を舞台にしたシルクパンク武侠群像劇。二転三転する物語の面白さに一気読み。
三国志っぽい骨格に独自の科学技術による兵器開発の味付けあり(このあたりがシルクパンクの所以)、メインの二人には自分探し青年の成長物語と貴種流離譚の要素もあり、一方、兵站をしっかり考証した丁々発止の軍略あり、様々な要素が万華鏡的に楽しめる。
■岸本佐知子『なんらかの事情』 ちくま文庫
エッセイと思わせて斜め上の連想、奇想がどこに着地するか読めない不思議な小噺集。地下鉄車内で読み始めたらいきなり腹筋崩壊して不審者になりかけたので、我が家では危険物指定することとした。
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