2017年6月に読んだ本2017年07月02日 08時46分22秒

6月は、ちょっと本業が立て込んできたので、ただでさえ読むのが遅いところ、さらにペース落ち。

■恩田 陸『蜜蜂と遠雷』 幻冬舎
読了(2017-06-04) ☆☆☆☆★

 4人のビアノの天才たちが奏でる多幸感あふれる四重奏。それぞれの演奏を文字で、文章でエモーショナルに描写する手法も「聴きごたえ」があり、多幸感にさらに拍車をかける。
 天才といえども、本番のコンクールまでにはむしろ常人以上の努力をしているし、それでも、それぞれの不安は残したまま臨む本番(除く1名)。その本番で、すべてを吹っ切り、あるいは、他の天才の演奏にインスパイアされ、本人も予想していた以上の名演奏が生まれる。その相互の影響が、予選から本選にいたる過程でさらに響きあい、お互いを高めあっていく。そして、コンクールの終わり(物語の終わり)は、これからの物語の「始まり」を暗示する。
 普通の作劇なら、コンクールに至る過程の不安や葛藤を主軸に据えると思うのだが、この物語は、選び抜かれた天才たちがお互いを高めあっていく姿をひたすらポジティブに語っていく。そして、それがまた心地よい。

■三上 延『ビブリア古書堂の事件手帖7 ~栞子さんと果てない舞台~』KADOKAWA (メディアワークス文庫)
読了(2017-06-07) ☆☆☆

 ひとまずは完結。思ったよりあっさり終わった印象かな。今回のお題はシェイクスピアのファースト・フォリオ。
 因みに、そのシェイクスピアのファースト・フォリオ、この後読むコニー・ウィリス『ブラックアウト』にさらっと出てきたけど、ちょうどその予習になったかも(笑)。

■石森章太郎『あしたのあさは星の上』 Pヴァイン(ele-king books)
読了(2017-06-12) ☆☆☆☆

 石森章太郎のSF絵本の復刻版。もともとは盛光社の「創作S・Fどうわ」から1967年に出版され、その後、1977年にすばる書房から復刊されたとのことだが、それ以来復刊されていなかったのは、主人公の坊やにさまざまな物語を語りかけるのが黒人の「チョコレートじいや」だったからだろうか。
 物語は5話構成で、ちょっとSFオカルト的な味わいのある「ぼうしが空をとんできた」から始まり、聖書の創世記とギリシャ神話のイカロスがまざったような、人の肌の色の起源についてのほら話「よるの色ひるの色」、UFOが残していったなぞの物体をめぐる、ちょっと「路傍のピクニック」を思わせる「空とぶえんばん」、地球滅亡への導入話「ねずみがいなくなった」、そして、太陽の爆発がせまる中、救出に来た宇宙人の前で人間たちが繰り広げる愚行を辛辣に描きつつ、ささやかな救いを用意する表題作「あしたのあさは星の上」まで、SF童話短編集としてもバラエティ豊かで、色鉛筆や水彩でざっくり描いた絵が彩りを添える。

■木村 研『999ひきのきょうだいのおひっこし』 ひさかたチャイルド
読了(2017-06-17) ☆☆☆

 たまたまガソリンスタンドの待ち時間に読んだ絵本。
 999個のたまごから孵った999匹のおたまじゃくしがかえるになり、小さな池はあふれかえらんばかり。
 ということで、お父さんとお母さんの先導で、999匹はひっこしを始めるのだが、その行く手には危険がいっぱい!?
 なかなかほほえましかったので、かえる好きの方にはオススメしたい。

<参考:シミルボンに投稿した上記絵本2冊のレビュウ>
https://shimirubon.jp/series/277
…なんだか興が乗ってきたので連載にしています(笑)。

■コニー・ウィリス『ブラックアウト』(上) 早川書房(ハヤカワ文庫SF)
読了(2017-06-25) ☆☆☆★

■コニー・ウィリス『ブラックアウト』(下) 早川書房(ハヤカワ文庫SF)
読了(2017-06-30) ☆☆☆☆

 このシリーズはあまりの分厚さに、今まで手を出していなかったのだが、今回は文庫版を片渕監督の推薦帯目当てに購入。まず、SFセミナー会場で買おうとしたら、『ブラックアウト』上巻だけ品切れだったので、その後、渋谷のブックファーストで買い足した。
 上巻冒頭から。コリンくんの史実調査能力が某アニメ監督(笑)を連想させる詳しさでちょっとほっこりした。そして始まる1940年代のロンドンの日常。なるほどこれは『このロンドンの片隅に』だなあ。
 そして下巻に入ると、本格化するロンドン空襲シーンが怖い。映画『この世界の片隅に』の防空壕のシーンを体験した後では、臨場感が半端ない。
 ということで、6月は『ブラックアウト』まで。『オール・クリア』の感想は来月(笑)。

2017年5月に読んだ本2017年06月03日 07時37分39秒

 5月は主にたまっていた評論誌とケン・リュウ。ここには書いていないけど、SFセミナーで入手したはるこんブックス『天球の音楽』もセミナーからの帰途に一気読み。いやあ、次の短編集も待ち遠しいねえ。

■「フリースタイル35 「時間と空間をつくる」片渕須直×安藤雅司」 フリースタイル
読了(2017-05-06) ☆☆☆☆

 メイン企画の「片渕須直×安藤雅司・時間と空間をつくる」をお目当てに久しぶりに買ったフリースタイル。『この世界の片隅に』公開後、どんどん企画される片渕監督のインタビューや対談の中でも、もっともアニメ制作の「技術」にフォーカスした内容で、スタッフでアニメを観てしまうアニメージュ世代にとってはかゆいところに手が届く良対談。それ以外のコラム、記事も楽しく、一冊の隅から隅まで楽しみました。

■「ユリイカ 2016年11月号 特集=こうの史代 ―『夕凪の街 桜の国』『この世界の片隅に』『ぼおるぺん古事記』から『日の鳥』へ」 青土社
読了(2017-05-13) ☆☆☆☆

 出てすぐに買ったけど、思いのほか読み応えがあったので、まずはアニメ関連の記事、評論を読んだ後、ぽつぽつ読み進めていた。あらためて、こうの史代というマンガ家のすごさを実感した。読んでない作品もちょっとずつ補完していきたい。

■ケン・リュウ『もののあはれ (ケン・リュウ短篇傑作集2)』 早川書房
読了(2017-05-21) ☆☆☆☆

 新☆ハヤカワSFシリーズ版から2分冊された文庫の2冊目。叙情性や市井の視線〜ミクロの視線〜を感じさせる文庫版「紙の動物園」、と比べ、シンギュラリティテーマを中心に、宇宙、進化というマクロの視線に振り切ったSF作品集。こうしてみると、この2分冊はアンソロジーとして大正解だ。

■ケン・リュウ『母の記憶に』 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ(早川書房)
読了(2017-05-27) ☆☆☆☆★

 待望のケン・リュウ日本オリジナル短編集の第二弾。偶然だが、母の日に所用で実家に向かう車中で読み始めた。各作品とも、この手できたか、と唸らされる好短編集ではあるものの、特に表題作や冒頭の数編は親子関係がモチーフで、シチュエーション的にちょっと複雑な気分で読み進めた。
 第一弾の『紙の動物園』(SF・シリーズ版)と比べると、やや長めの中編がいくつか収められていること、また『蒲公英王朝記』に通じる中国的な要素が色濃い作品の比率が高めで、「ケン・リュウ博覧会」的なバラエティ感としてはやや偏りを感じるものの、それでもなお、シンプルなアイデアSF、本格SFミステリから歴史小説、寓話的な小説まで、様々な作品が堪能できる。
 また、各短編の読後感がそれぞれに深く、傑作ぞろいであり、この中からベストを選ぶ、とするとおおいに悩ましい、贅沢な短編集である。

<参考:シミルボンに投稿したレビュウ>
https://shimirubon.jp/reviews/1682209

■佐藤ジュンコ『佐藤ジュンコのひとり飯な日々 (コーヒーと一冊)』 ミシマ社
読了(2017-05-29) ☆☆

 仙台のいくつかのお店で食べたり飲んだりする、ゆるいエッセイコミック。「コーヒーと一冊」というこの本そのもののコンセプト通り、一気読みするよりは、喫茶店にでも置いて、注文したコーヒーを待ちながらてきとうにめくったページを読むのにはいいだろう。

2017年4月に読んだ本2017年05月05日 17時23分43秒

 4月は呉弾丸ツアー(笑)とかいろいろあった割にはいろいろ読んだ、かな。まあ、小説成分は少なめだけど。

■こうの史代・蒔田陽平『ノベライズ この世界の片隅に』 双葉社(双葉社ジュニア文庫)
読了(2017-04-07) ☆☆☆

 呉への車中で読了。ノベライズとしてはまずまず無難で、可もなし不可もなしか。読んでいて思ったのは、小説として主筋を通すためにはアレ(察してください(笑))はやっぱり省略できないし、補足説明も必要だ(原作にも映画にもない裏話がある!)、ということがわかる感じの内容だった。
 一方、あれだけばっさりやって違和感なく観れてしまう映画版は、実はすごくトリッキーなことをしているのだ、と逆説的に実感できた。

■江國香織『なかなか暮れない夏の夕暮れ』 角川春樹事務所
読了(2017-04-11) ☆☆☆☆★

 旧作でいえば『薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木』に近いだろうか。多数の登場人物の関係性が入り組んだ「恋愛運動小説」の系譜ではあるが、主要登場人物の年齢層が上がっているあたりは年齢なりの経験や視点が反映されてもいるのだろう。
 『薔薇の木〜』のような、小刻みに視点人物が入れ替わる構成の中に、主人公が没入して読んでいる本のエピソードが作中の現実と区別なしに挿入され、フィクションが現実を緩やかに侵食していくトリッキーな秀作。やっぱり江國香織は曲者だ。

■吉田秋生『海街diary 8 恋と巡礼』小学館(フラワーコミックス)
読了(2017-04-16) ☆☆☆☆★

 吉田秋生、もはや鉄板のシリーズの最新刊。普通に日常を過ごす人々が背景に持つ傷と向き合い、先に進んでいく姿をゆったりと描き続けてきた本作においては、「新しい命の誕生」もさまざまな影響をもたらす。
 画風の変遷という観点では、吉田秋生史上、実は今がいちばん少女マンガっぽい画風になっているかもしれない。『カリフォルニア物語』あたりのドライ感とも、『吉祥天女』あたりの大友克洋リスペクトなカチっとした絵柄とも、『BANANA FISH』後期あたりのシャープで耽美なタッチとも異なる曖昧さ、柔らかさを感じさせる画風が本作にはよく合っていると思う。
 そういえば、悲劇をことさらに強調せずに日々の暮らしを描いていく、というスタンスの点ではこうの史代作品とも通じるものがあるかな、と思ってしまうのは病膏肓に入るというべきか(笑)。

■『旅と鉄道 2017年 05 月号「鉄道×アニメ 聖地巡礼」』 朝日新聞出版
読了(2017-04-17) ☆☆☆☆

 鉄ちゃんじゃないので初めて買ったこの雑誌。表紙や巻頭グラビア特集は『君の名は。』なんだけど、『君の名は。』については、ほぼ鉄道が登場するシーンのスチール写真による特集で、モデルとなった電車や駅との対照も少なく、テキストも少ない。その一方で、『この世界の片隅に』に関しては広島、呉を『鉄子の旅』で有名な編集者が実際に探訪した詳細なレポート、市電車両や鉄道関連のもろもろに関する解説記事、囲みコラム、2泊3日の推奨ルートの提案まで、盛りだくさん。さらには、近年のアニメのキー作品群も多数取り上げており、大充実の内容。編集サイドの本気感が感じられる。

■国谷裕子『キャスターという仕事』 岩波書店(岩波新書)
読了(2017-04-19) ☆☆☆☆

 すみません。国谷さんのことはNHKのアナウンサーかと思っていました(実際はNHKと出演契約を交わしたフリーのキャスター)。ご本人のキャスターとしてのキャリアの開始から、クローズアップ現代の舞台裏、そして不祥事の顛末や降板の経緯に到るまで、ここまで書いていいのか、と思えるほど詳細に書かれている。日本の視点から見た国際政治史としても読めるのがすごい。

■ケン・リュウ『紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)』 早川書房(ハヤカワ文庫SF)
読了(2017-04-22) ☆☆☆☆

 新☆ハヤカワSFシリーズ版から2分冊された文庫の1冊目。バラエティ豊かなてんこもりの印象だったSFシリーズ版と比べ、表題作「紙の動物園」を含め、ノスタルジーを感じさせる物語、虐げれられた存在をめぐる物語などを集めることで、ややトム・リーミィ的な味わいを感じさせる短編集になった。あらためて、アンソロジーのセレクト、収録順の意義を感じさせられた。

■七月鏡一・早瀬マサト『幻魔大戦 Rebirth』5巻 小学館(少年サンデーコミックススペシャル)
読了(2017-04-22) ☆☆☆★

 過去の幻魔作品、石森作品、平井作品へのリスペクトが一巡し?かなりオリジナル要素が出てきた第5巻。そんな中でも、表紙にも登場するベアトリスの簪と元GENKEN愚連隊?の田崎の登場にぐっときた。

■デヴィッド・ビアンキ・関 美和『お父さんが教える 13歳からの金融入門』 日本経済新聞出版社
読了(2017-04-29) ☆☆☆

 金融関連の基礎知識を簡潔にわかりやすく紹介。
 おとなもよんだほうがいいとおもうよ。

■「ビール王国 Vol.14 2017年5月号」 ワイン王国(ワイン王国 別冊)
読了(2017-04-29) ☆☆☆★

 2回に分けてアメリカ特集とのこと。今回はアメリカンホップの総覧が大充実の内容。日本生まれのアメリカンホップ、ソラチエースの話も載ってます。
 因みに、ソラチエースの研究は今年の日本農芸化学会で大会トピックス賞をいただきました。

■那州雪絵『魔法使いの娘ニ非ズ』7巻 新書館(ウィングス・コミックス)
読了(2017-04-30) ☆☆☆☆

 『魔法使いの娘』から始まったシリーズの本筋たる父娘の関係をめぐる物語がついに完結。それは「人生」そのものをめぐる物語でもあり、大団円というより、割り切れないものも残しつつの一区切、その先の物語への余韻を残すあたりが那州雪絵品質。
 こういう物語の描き手って、少年マンガにも少女マンガにも青年マンガにもいないと思うんだよねえ…。次回作はどういう作品になるかわからないが、今後とも追いかけていきたい。

【私家版】細かすぎて伝わらないこの世界の片隅にの好きなシーン2017年04月29日 12時17分31秒

 twitterの『この世界の片隅に』応援トレンドとして「#細かすぎて伝わらないこの世界の片隅にの好きなシーン」ハッシュタグに投稿したツイートがちょっとたまってきたので、自分のツイートをまとめてみた(若干の所感や背景も追加コメントを入れてみた)。

■波のうさぎを描くシーンで、松の枝、松の葉、地面の草まで風で揺れてる。 宮崎駿が『トトロ』で当時やりたかったけどできなかったと言っていた描写はこういう感じだろうと思った。

(所感)『となりのトトロ』ロマンアルバムのロングインタビューでは、宮崎駿が木の葉や草の葉が風で揺れる様子まで描き込みたかった、という趣旨の発言をしている。次作『魔女の宅急便』では冒頭から草原の草が風にそよいでいるが、その演出を担当したのは若き日の片渕監督であろう。
 該当のシーンでは、本当に細部まで風で揺れている。アニメ撮影がデジタル化される前ではここまで手間をかけた動かし方はできなかっただろう。

■里帰りした浦野家で、すずさんの昔の習字や絵が壁のつぎあてに使われてるが、チラッとしか見えないけど、ふすまに貼られてる(ちゃぶ台のお父さんの後ろあたり)のはたぶん「ばけもん」の絵。もしかして後のばけもん=鬼イチャンを暗示?

(所感)絵コンテでは該当の「ばけもん」の絵は半分くらいに切られて壁の方に貼られているので、本編で「鬼イチャン」がいるべき位置の近くに「ばけもん」が配置されたことには何らかの演出意図があると考えてよいのではないか。

■原作ではわかりにくいけど、映画ではユーカリの樹皮が剥けて幹が木肌の色になっているところ。ユーカリの特徴ですね。

(所感)原作では意外とユーカリの登場箇所が少なく、また白黒なので幹の状態まではわかるシーンがない。このあたりは映画にする段階でしっかり考証されているのだろう。
 このユーカリについては別エントリにもコメントしました。
http://k-takoi.asablo.jp/blog/2017/01/28/8338051

■「自慢の竹槍があるじゃないですか」のやりとりの後ろで「あ〜、すずさん、またやらかしちゃった」という感じの顔してる晴美ちゃん。

(所感)まるで姉妹のように生活してきた二人のこれまでが窺い知れる演出。それだけにこの後の展開が…(涙)。

■空襲警報の中3人逃げている人影の1人が転ぶ時に女性の「きゃ」という声が小さく聞こえた。朝すれ違った挺身隊の子たちなんだと気がついたら涙が…

(所感)昨年12/3に片渕監督が浜松に来られた際のトークショーで、呉の報国隊の少女たちを作品の中に登場させて欲しい、という要望があり、物語の中で自然に登場させられるシーンとして、3人が病院に向かう朝の駅前を設定したとのこと。ここで彼女たちがうたっている歌は「悲しくてやりきれない」と同じサトウハチロー作詞の歌を選んだとのこと。
 なお、映画を観た呉の方の中からは、あの女の子たちを当時見た、というコメントもあったとのこと。

■アニメ版だと、慟哭の後、畑に咲いている花は晴美さんとの想い出の暗喩になっていることに7回目でやっと気づいた。
 右手が現れるシーン(原作から改変)の前に入る回想シーンともつながりますね。

(所感)ここは映画のオリジナル。周作が電話ですずさんを呼び出すシーンの前に、映画ではすずさんと晴美ちゃんがカボチャを収穫し、そのカボチャに晴美ちゃんの顔を描いている。
 慟哭のシーンの台詞の改変はよく語られているが、原作では慟哭しているすずさんの頭を右手が触れた後、枯れていたカボチャに花が咲いており、「右手の奇跡」?を思わせるが、映画では慟哭から顔をあげてカボチャの花を見て、夕食でいっしょに魚の絵を描いた晴美ちゃんを思い出したところで、いたわるように右手がすずさんのあたまをなでていくという演出になっている。

■鬼イチャンの南洋冒険記を描く右手が持っているチビた鉛筆には「ウラノ」の名前が(三文字全部は見えてないけど)。

(所感)これは原作準拠ですが、いずれにしても細かいですね。

■里帰りの時に産業奨励館をスケッチして自分の姿を書き加えたすずさん、後に焼跡に来た時の構図がそのスケッチと同じになっている。さらに、右手がヨーコ親子を描き出した構図も同じ。
 右手の描いた絵で、母親はヨーコと左手をつないでいる。そして実は、焼跡のすずさんから見て左手側に、ヨーコらしき孤児が既に描かれている。

(所感)晴美ちゃんと左手をつないでいれば、というのはすずさんが「選ばんかった道」、母と左手をつないでいたヨーコはその道の象徴か。この点についてはスガシカオさんの考察が深いです。
https://ameblo.jp/shikao-blog/entry-12228363796.html

■自分のモガ時代の服は物々交換に出したけど、「晴美の去年の服」は残していた径子さん。

(所感)その大事な形見の服を躊躇なくヨーコちゃんにあてがおうとする径子さんが好きです。

■ラストシーンの北條家の俯瞰でユーカリの木がもうない。劇中では端折られてるけど一月遅れの迷惑な神風の名残かな。(絵コンテには「崖崩山もだいぶ片付いている」との説明あり)

■映画では割愛されている円太郎父ちゃんの資材横領クワ(笑)がEDでしっかり実用に使われている。

(所感)この2件は割愛された台風が起こっていたことを示すもの。因みに、原作では台風の中すみちゃんの手紙を届けに来る郵便配達の女性は円太郎さんの無事の知らせを持ってくるシーンで出てきてますね。

■口紅で描かれた、幼いすずさんとリンさんが手をとりあって遊ぶ情景、あれは現実には交わされることのなかった「明日の約束」だったのでは。

(所感)これは原作の「りんどうの秘密」にはない。『マイマイ新子と千年の魔法』を再見して、上記の考察に思い至った後は、このシーンで涙が止まりません。冒頭のタンポポと「明日の約束」は二作を地続きに感じさせる象徴と思います。

片渕須直監督トークショー@大和ミュージアム(『この世界の片隅に』)2017年04月16日 08時06分37秒

 4/8(土)に呉の大和ミュージアムで開催された片渕須直監督のトークショー、珍しくメモを取りながらしっかり聞いたので、簡単にレポートしてみます。テープ起こしとかではなく、監督のしゃべりを再現しきれないので、文章はこなれてないままなのはご容赦を。

■<「マイマイ新子探検隊」と「この世界の片隅に探検隊」について>
◇前作『マイマイ新子と千年の魔法』公開前の2009年8月に防府の小学校で、映画の舞台をめぐる初めての「マイマイ新子探検隊」が行なわれた。片渕監督も参加したかったが、日程が『マイマイ新子〜』世界初公開となったロカルノ映画祭と重なっていたため断念。そこで(?)2回目からは探検隊を大人でのっとろうか、ということになった。
◇『この世界の片隅に』の映画を作ろう、とおもったのは2010年8月ごろ。
◇2011年5月に初めて広島へ。その際集まった人たちが今回のトークショー&スタンプラリーの実行委員の元になった。
◇広島では毎年「ここまで出来ています」という報告をしてきたが、7年越しになってしまった。

■「この世界の片隅に」を支援する呉・広島の会あいさつ等
◇会長の大年さんからあいさつ。
 この映画の成功を確信したのは、パイロットフィルムを観たときと、公開半年前に監督から「今までにない画期的なものになる」という自信の発言を読んだときだった。
◇さらに、片渕監督への記念品贈呈。
 千幅の大吟醸に「提督」ラベルがあるが、今回は特別に「監督」ラベルのボトルを贈呈(いっしょに地サイダーの「監督」ラベルも)。みなさん、この「監督」の文字を見てなにか気づきませんか?
→こうの史代先生の手になる「監督」ラベルでした。

■<今回のスタンプラリーについて>
◇「この世界の片隅に探検隊」の第1回はYouTubeに動画があがっている。実は第0回は「マイマイ新子探検隊」の後、有志でそのまま呉で探検隊をした。
◇今回のスタンプラリーはもともと「この世界の片隅に探検隊」のために日程を確保してあったのだが、映画がヒットしてしまい、今やったら人が集まりすぎて大変なことになるだろう、ということで、片渕監督がいっしょに回る探検隊ではなくスタンプラリーという形式にしてみた。(ほとぼりがさめたら探検隊もやりたい)
◇今日のトークショーは、片渕監督が引率できないので、スタンプラリーで回る場所についての解説をメインに。

■<呉の成り立ちと町割り>
◇(今日も雨模様でガスっているが)呉の気候は海沿いというより高原に近いように思う。
◇明治20年に海軍が来ることになった。それまでは湿地帯だった。埋め立てて町割りをしたが、この時、碁盤の目状の町割りが計画された。『マイマイ新子〜』の防府も都として碁盤の目になっているが、防府も呉も町の幅が一町(約110m)になっているのは偶然だが面白い。
◇(縦の通りは)最初に本通(眼鏡橋の前の通り)を作ったが、これを計画より狭い幅に作ってしまった。他の通りは本通より狭く作ることになっていたので、さらに狭くなったが、このため、あとあと困ることになったようだ。
◇(横の通りは)呉駅から山側に向かって順に一丁目、二丁目〜となっていてわかりやすい(今は番地が変わっているが、片渕監督は古い番地で覚えてしまっている)。昔は市電が通っていた三丁目が一番広い通りで他の通りは今より狭かったが、現在、三丁目にかかっている堺橋が当時のままであり、それで通りの広さも同じ。今は後から拡張した二丁目の方が広い通りになっている。
◇堺橋からの市電が本通で曲がっているところが四ツ道路。
◇(当時の呉の町の写真を示しながら)当時の写真は軍の検閲で呉市内の山の稜線が消されている。地図でも、軍事施設の部分は白紙になっている。

■<眼鏡橋界隈>
◇(Googleマップを示しながら)本通は眼鏡橋に通じているが、JRの高架から向う(旧下士官兵集会所方面)は昔のままの道幅になっている。今の本通は戦後拡張されて広くなっている。
◇昔の眼鏡橋界隈を写した写真(昭和10年11月)に、呉−三原間開通記念絵葉書がある。JRの高架の鉄橋はこの写真に写っているものが今もそのまま使われている。建物だけでなく、こういった写真の細部に映っているバスやタクシーの看板、通行人の服装等が当時を知る手がかりとなる。
◇「眼鏡橋」はこのJRの鉄橋のことではなく、鉄橋から旧下士官兵集会所の間に河があり、今は暗渠になっている。

■<呉の町の広がり>
◇呉の町はもともとの町割りの埋め立て地から山側に広がっていった。
◇北條家はその広がった呉の一番隅に位置している。すずさんは広島でも隅の方の江波に住んでいた。すずさんは「少し離れたところからものを見ていた人」。
◇呉の町は一丁目から九丁目までは碁盤の目になっている。十丁目、十一丁目あたりは曲がっている。
◇昭和10年頃は呉市電は広まで通じていなかった。当時の終点は遊郭のある朝日町。広までは乗り換えが必要だったが、これは広への山越えをするためにパワーのある別の電車が必要だったため。市電が広まで通じてからは十三丁目が遊郭の最寄駅となった。十四丁目にラリーのポイントである千幅の工場がある。
◇五丁目から九丁目あたりがいわゆる「れんが通り」(すずさんと周作さんがデートした通り)。

■<ここでうっかり!?>
◇ところで、うっかりしてましたがこの中に映画まだ観てない人いますか?
→大丈夫でした(笑)。

■<本通と市電>
◇「白いすずさん」が歩いているのは本通七丁目(映画では市電とすれ違うあたり)。ここにあったのが原作では(晴美ちゃんの入学用品の)買い物で出てきた福屋百貨店だった。
◇福屋百貨店は広島にもある(すずさんがスケッチしている)が、広島の次には呉にできた。
◇本通は眼鏡橋まで通じているので、ここですずさんはまっすぐ歩いただけ(この前に迷ったので、まっすぐくればいいように周作さんが電話で指示したかも?)。
◇(絵コンテのシーン637)この時の市電の電車は…(といいながらPhotoshop起動)
◇(その前のシーン636が表示されたので)すずさんがおしろいをはたいているシーンのレイヤーをちょい見せ(動かすためのパーツの分割を図解)。
◇さらにシーン637の市電と白いすずさんのシーンのレイヤーもちょい見せ。
◇(市電の話に戻って)この時の呉市電がストリートビューで見ると呉市内のある場所にあります(屋根を載せたりして倉庫になっている)。
→監督はまだ読まれてなかったようですが、倉庫として活用されているこの市電車両の話は「旅と鉄道」5月号でレポートされています。

■<福屋百貨店の今昔>
◇当時の福屋百貨店の場所は今は道路に(先に述べた戦後、拡張された部分にあたる)、ただし、建物は道路拡張以前に空襲ですでになくなっていた。
◇原作では昭和20年3月にこの福屋に買い物にくる描写があるが、福屋はその時期、広島でも呉でも営業はしておらず、店舗はさまざまな事務所等として使われていた。
◇映画の該当のシーンでは、市電のバックにある建物は百貨店の看板が外されている(因みにこの建物は福屋百貨店として建てられたものではなく、福屋になる前に2回くらい別の店として営業していたもの)。
◇モガ時代の径子さんが歩いているシーンで幼い周作さんが覗き込んでいるショーウィンドウがこの福屋で、径子さんの前の建物は正法地帽子店。
◇白いすずさんのシーンは径子さんのシーンと構図がほぼ90度の関係。ここでも営業していない福屋の向かいには「正法地帽子店」が描かれている。
→お話聞いて「すごい!」と思ったら、あとで見返したロケ地マップにはこの位置関係がしっかり描かれてました。さすが! というか細かすぎる(笑)。

■<花開いていた日本・自らを閉ざした日本>
◇因みに、営業していた福屋百貨店の店名の看板の下にはライトがあり、昭和15年には看板がライトアップ(!)されていた(該当のシーンは昼間だが、ライトはちゃんと描いてある)。
◇本通にはいわゆる「すずらん灯」があった。映画冒頭の中島本町にも「すずらん灯」がある。全国で「すずらん通り」という名前が残っている場所は、同様のすずらん灯があった通りで、呉では本通、中通にあった。これらは昭和16年の金属供出で姿を消した。
◇すずらん灯の写っている写真を見ると、電灯の上に光っている曲線が映っている。藤田画伯が当時の呉を描いた絵を見るとすずらん灯に赤い線が描かれており、光っていたのは赤いネオンだったことがわかる。
◇映画冒頭の中島本町でもレコード屋の「コロンビア」の看板は夜になると光る(点灯している写真あり)。映画は昼だが、横から描かれている看板は厚みがあり、この中には電球が入っている。
◇昭和11年の広島商業学校のレポートで、看板の文字の右書き、左書きや照明、ネオンサインなどを調査したものがある。因みに結論は「赤だけのネオンサインはださい(意訳)」というもので、既にカラフルなネオンサインが登場していたことが伺われる。
◇中島本町のレコード屋やヒコーキ堂(おもちゃ屋)は建物疎開でなくなった。
◇こうしてみると、昭和10年代の日本では、カラフルな電飾もあり今に通じるものがある。日本は戦後花開いたのではなく、一度花開いていたのを、自ら閉ざした。
(すずさんも小学校のころはいていたスカートがはけなくなっていった)

■<海軍の機密!?>
◇ここで、すずさんと周作さんのデートシーンの絵コンテをPCで探している中、映画にないシーンの絵コンテ(絵コンテ集にも未収録。上記のシーン近く、といえばどのシーンかわかりますね)が画面にうつってしまい、「見なかったことにしてください」と監督(笑)。

■<下士官兵集会所>
◇海軍の土地は下士官兵集会所の向うから(下士官兵集会所には家族も出入りしていたため)。
◇入口の写真を見ると「販売所?」の文字を外した跡がある。ここをマーケットにする(した?)が住民の反対運動があった。今で言えばイオンの進出に反対するようなものか。写真を見ると、兵の家族以外の一般の人も出入りしていたのかもしれない。
◇戦後の写真を見ると下士官兵集会所は白黒で迷彩塗装されている。

■<眼鏡橋界隈>
◇眼鏡橋の前の海軍入口の門の写真を見ると、ある時期から門が広くなっている。住民が集まるイベントがあった際に、狭い門に人が押し寄せて圧死する人が出たことがあり、それ以降広くしたらしい。
◇眼鏡橋は、当時の写真を見ると、眼鏡と言ってもアーチは一つしかなく片眼鏡だったようだ。

■<繁華街と映画館>
◇中通に紀伊国屋があったが、写真は南京陥落時のネオンだらけのものしかなく、戦中どうだったかがわからなかったので映画には登場させていない。
◇映画に出てくる映画館「地球館」「喜楽館」は実在。「地球館」は当時の中通八丁目で、その場所は今はカラオケ屋の前にある駐車場になっている。
◇水兵さんたちが上陸している桟橋は今のフェリー乗り場。この会場(大和ミュージアム)のすぐそば。

■<小春橋で水道管マニア狂喜!?>
◇デートの後の小春橋のシーンで、二人のいる小春橋の後ろの橋は堺橋なので市電が走っている。堺橋のたもとには消防署があり、ランドマークの櫓がある。
◇市電のレールは少し前に二河橋から当時のものがでてきた。あれは埋め戻したと思いますが…(ここで、「撤去したそうです」と事務局の方から補足あり)…あ、そうなんですか、もったいないなあ。
◇消防署の前に警察署があり、空襲時に燃える警察署に消火活動している写真がある。この時放水しているのは15歳くらいの少年消防士だった。
◇焼け跡の写真に当時の小春橋が写っているが全体の形がわからない。いくつか写真を探して橋の形を割り出した。
◇写真を見ると、小春橋のところには水道橋が通っていたが、細かい形状がわからない(中央には突起のようなものがある)。周辺を調べると今も水道橋が残っているところがあり、それを参考にした。突起は空気抜きのバルブだった。
◇このバルブを映画に描いたところ、水道マニアの方が熱狂したらしい。

■<呉はスクラップ&ビルドの町>
◇ラストシーンのマーケットは中通。ここはちょうどデートの時に映画館があった場所。
◇米軍の残飯雑炊で「UMA〜」していた闇市は四つ道路のあたり。今は駐車場になっている。
◇下士官兵集会所に使われていたスクラッチタイルは呉の海岸沿いのあたりにまだ残っているところがある。
→スクラッチタイルは現在の青山クラブでも、屋上付近に一部残っているので注意してみるとみつかる。監督は映画の下士官兵集会所の参考にしたかもしれない(某呉市学芸員さんの談)。
◇広島と呉を比べてみると、広島は城下町だったので、昔からのものが残っている場所が今でもあるが、呉はもともと明治以降の町で、スクラップ&ビルドを繰り返してきた町といえるかもしれない。
◇(建物疎開後の航空写真を示しながら)黒村時計店は市電の角あたりにあったと想定している(周作さんが建物疎開を目撃したのは本通)。
→この写真は解像度が高く、拡大すると遊郭の門の前の貯水池もはっきり見て取れるものでした。

■<Q&A:伝単について>
◇(一覧表を示しながら)米軍では全ての空襲で何が使われたか、記録に残されている。「パンプキン」とあるのは模擬原爆。呉への空襲には、米軍が使った爆弾のうち原爆とパンプキン以外は全て使われている。伝単の記録もあり、これは「リーフレット心理作戦」と記載されているもの。
◇このうち、8/9に使用された記録があるのがAB-11リーフレット(ABはアトミックボムの略)。原作の伝単はそれより古いもの。
◇呉から江田島にかけては3機のB-29で伝単をまいたと記録にある。伝単に3機というのは多く、おそらく海軍兵学校向けだったと思われる(原作でも、伝単がまかれているシーンでは江田島方向に飛ぶ3機のB-29が描かれている)。
◇すずさんは伝単の前に呉から出ようとしていた。そこに「都市から退避せよ」〜町から出よ〜という伝単を読んだことで、(じゃあ逆に出るものか、と)意地になってしまった側面もあったかもしれない。

■<Q&A:リンさんの出番が少ないのですが>
◇察してください(笑)。

■<Q&A:建物の迷彩がおもに白黒で行なわれている意図は?>
◇白黒なのは、当時もう塗料が不足していたためで、白の塗料くらいしかなかった。黒はタールを使っていた。軍の消防車はカーキ色だった。
◇当時の国会議事堂の写真を見ても、白黒に塗り分けられている。白黒をまだらに塗った民家と違い、街中の建物は白黒のモザイク的に迷彩していた。当時の東京駅近郊でも例がある。
◇迷彩の意図としては、建物のシルエットが実際より小さく見える効果はあったと思われる。
◇先にも示した通り、下士官兵集会所も白黒で迷彩塗装されていた。
◇呉駅の迷彩は写真がなかった。
◇広島駅も迷彩されていたようだが、被爆後の写真ではもともとの迷彩なのか火災で燃えたのかわからない。タールを塗っていたところは燃えやすかったかもしれない。

■<Q&A:すずさんと晴美ちゃんが空襲後に歩き始めた方向が駅と逆では>
◇軍艦を見に行ったのであの方向に。
◇(空襲後の写真を示しながら)場所は宮原のあたり。写真ではちょうど塀がなくなっている箇所がある。
◇空襲の後、軍からは速やかに消防車の出動要請が出ており、宮原からも消防車が向かっていた。

※当日のメモを元に、なるべく確認しながら書いてみましたが、間違っていたなら教えてください。今のうちに。

2017年3月に読んだ本2017年04月05日 07時53分50秒

 引き続き、『この世界の片隅に』漬けの状態にあり(3月は『この世界の片隅に』3回、『マイマイ新子と千年の魔法』1回鑑賞)、読書量は少なめ。

■成田美名子『花よりも花の如く』 16巻 白泉社 花とゆめCOMICS
読了(2017-03-11) ☆☆☆☆

 今回は主人公のお弟子さんの実家の、認知症の疑いのあるお年寄りのゴミ屋敷をめぐる物語。現実に問題となっている課題を主人公にあてて、やや理想論的な展開をさせるストーリテリングはいつも通りで、このあたりを教条的に感じる方には成田美名子は合わないだろうと思う。自分は、これらの物語は成田美名子の「祈り」のようなニュアンスを感じる。こういった主題にまっこうから取り組む姿勢こそが成田美名子だと思う。

■桑田乃梨子『明日も未解決』白泉社
読了(2017-03-17) ☆☆☆★

 オカルトコメディの第一人者の最新作、とのふれこみを裏切らない一冊。確かに『おそろしくて言えない』『一陽来福』から最近の『楽園コスモス』あたりまで、桑田乃梨子の作品で代表作と言えるオカルトコメディは多い。
 百合雑誌「ひらり、」連載の『楽園コスモス』は主人公の性格の悪さが『恐ろしくて言えない』を想起させる雰囲気だったが、今作は男性キャラ3人のかけあいの楽しさが、(オカルトものではないが)『ほとんど以上 絶対未満』を連想させる。個人的には『ほとんど以上 絶対未満』が桑田乃梨子最高傑作と思っているので、本作もとても楽しめた。

■「ビール王国」 Vol.13(2017年 2月号) ワイン王国(ワイン王国 別冊)
読了(2017-03-22) ☆☆☆

 今回の特集「ビールを学ぶ」は、ビールの原料から仕込、発酵までわかりやすく説明していてなかなかよい。現在、ビール醸造を体系的に学べる教科書的な和書はあまりないので、入門編としては、まずはこのあたりから始めてみるとよいかもしれない。
 なお、最近いわゆるホームブリュワー向けの教科書的な本も出始めていて、なかには専門的にみても的確でよい本も出始めているので、この特集で興味を持たれた方はそういった本に読み進めるとよいかもしれない。

■呉明益『歩道橋の魔術師』 白水社 エクス・リブリス
読了(2017-03-27) ☆☆☆☆★

 台湾にかつて存在した商場をつなぐ歩道橋で客にマジックを見せてマジック道具を売っていた魔術師をキーとして、当時の子供たちの記憶に刻み付けられたちょっと不思議な記憶をめぐる連作短編集。
 酒場で語られる訳ではないが、フォーマットとしてはいわゆる「酒場もの」の一形態かと思われるが、それぞれの「記憶」が切なく、痛ましく、時にいとおしくなる秀作。
 あと、これを読んでいて、ちょっと、後輩が昔書いていた酒場ものの連作を思い出した。
→「青猫亭奇談」
http://www.asahi-net.or.jp/~ug5k-tki/novel/novel.html#bluecat

【ネタバレあり】少女マンガとしての『この世界の片隅に』2017年03月14日 07時44分43秒

 古典的な少女マンガで好んで使われたシチュエーションとして、「あの時の男の子」というのがあると思う。ヒロインが幼い頃に出会っていた少年と、後に再会し、紆余曲折あって、最後は結ばれる、というものだが、りぼんの乙女チック路線の代表マンガ家の一人である太刀掛秀子の作品にもよく使われたし、より広く知られたものとしては『キャンディキャンディ』があるだろう。
 太刀掛秀子『花ぶらんこゆれて』と『キャンディキャンディ』の共通点としては、ヒロインの幼少期に出会った(泣いていたところを慰めてくれた)男の子と、ヒロインの側はその正体を知らないまま再会し、途中紆余曲折するものの、最後は、出会った時のシチュエーションを想起させるような形で二人が結ばれる、という基本構成があるだろう。
 時代が下ると、近藤喜文監督作品『耳をすませば』の原作者である柊あおいの代表作『星の瞳のシルエット』も、この「あの時の男の子」フォーマットを踏襲しているが、「出会ったところで泣いていたのが男の子の方だった」など、過去作品との差別化のため?のアレンジが随所にみられた。

 さて、そういった少女マンガの定番フォーマットを意識したものだったのかどうかは不明だが、『この世界の片隅に』では、すずさんが幼い頃、「冬の記憶」において周作と運命的な出会いをしている。ばけもんにさらわれそうになるが、からくも逃れる、というシチュエーションが今ひとつロマンチックではないが(笑)、ともあれ二人は出会った。
 その時の記憶だけを頼りにすずさんに縁談を申し込んだのは周作の方だが、よくよく考えてみると、この周作の思考回路はけっこう乙女チックかもしれない(笑)。他にも、リンとの関係や、りんどうの茶碗あたりからしても、なかなかに恋愛体質(笑)であることがうかがわれるではないか。リンとの結婚を反対された周作が「だったら、子供の頃、広島で会った女の子と結婚したい」なんて言い出すのも、よく考えるまでもなく無茶な話で、その思考回路もなんだか乙女っぽい(笑)。(その無理難題を冷静にクリアしてしまった円太郎父さんの調査能力恐るべし、である(笑))

 さて、普通の少女マンガの展開なら、後年偶然知り合った男性が「あの時の男の子」であることをヒロインの側はしばらくの間は気づかないまま、それでも恋愛感情が生まれ、深まっていくのだが、すずさんの場合は、単にぼーっとしている(笑)ので思い出せない。周作の方も、「どこかで先に会いましたか?」と聞かれながら、そこで明かしてもいいのに、ほくろの話しかしない。
 少女マンガ的には、「あの時」のことは男性の側は最初から、あるいはヒロインが気づくよりはずいぶん前から気づいているのが一般的で、ヒロインには言わないまま関係を深めるような努力をしていることもままある。このあたりは、フォーマットは異なるものの、先にタイトルを挙げた『耳をすませば』で聖司くんが図書カードに自分の名前を仕込んでいるという涙ぐましい努力とも多少通じるところはあるかもしれない。
 ここで、すずさんと周作の関係がいきなり結婚から始まるのは「あの時の男の子」フォーマットとしては変化球的だが、時代背景を考えれば、いきなり縁談から関係が始まる『はいからさんが通る』のようなもの、ということで、まあいいかな。現代でも、契約結婚してから「恋」を育むマンガもあることだし(笑)。

 因みに、すずさんの場合は、哲という、すずさんを意識しまくっていた幼なじみがいるあたりも設定的にはちょっと少女マンガ要素ではある。このあたりのすずさんと哲、リンと周作の関係などが、いろいろ生々しくて昼ドラっぽい感じもするあたりは、原作の媒体が青年誌なのでまあいいだろう。それでも、哲も含めて、恋愛に関してはピュアな想いをそれぞれに持っている感じはすると思う。
 「あの時の男の子」フォーマットの観点でも、ヒロインの恋愛模様は紆余曲折あって読者にもどかしい想いをさせるのは仕様(笑)であろう。

 そうしてラスト、ついに「あの時の男の子」であることが明かされ、想いを確かめあうシークエンスでは、「想い出の場所」「想い出のアイテム」「想い出の会話」など、「あの時」を想起させるものが提示される。『花ぶらんこゆれて』なら花ぶらんこの花、『キャンディキャンディ』なら当時のセリフ(民族衣装とバグパイプまでそろえたのはアニメ版だったようだ)、『星の瞳のシルエット』ならすすき野原と星のかけらなどがクライマックスを演出している。
 すずさんと周作の場合は、「相生橋」で「ばけもん」で「キャラメル」がキーアイテムといえるが、待ち合わせ場所に産業奨励館跡を選び、相生橋の上で「二人の出会い」を語るあたりは、周作の意志が感じられる。そこですずさんが「ありがとう。この世界の片隅に…」を語りかけるのは、紆余曲折あってたどりついた二人の関係を象徴している。そこに登場する「ばけもん」はいささか乙女チック感には欠けるが、すずさんが周作と間違えて「ばけもん」の手を握ってしまうというオチをつける原作に比べ、想いを確かめあう二人を祝福するかのように、「ばけもん」が後ろを通り過ぎ、背負いかごからワニが顔をみせるアニメ版の方が、演出的にはロマンチックで少女マンガ寄りのように思う。
 原作でもアニメ版でも、二人がそのばけもんについて何かをいうことはないが、すずさん視点では、周作が「あの時の男の子」であったことをここで確認したのは間違いないだろう。

 さて、アニメ版『この世界の片隅に』が原作と比べ、すずさんの少女性を強調している、という点は随所で語られているが、そのことによって、原作がもともと持っていた少女マンガ的な要素がよりクローズアップされたように思う。
 例えば、前述の「キャラメル」については、原作の「冬の記憶」ではすずさんが買ったキャラメルは作中に登場しないが、アニメ版では買ってきたキャラメルの箱のにおいをかぐという描写があり、後に周作が江波を訪ねて来た際には、誰かはわからないのにキャラメルのにおいをすずさんが思い出す、というあたりは、やはり少女マンガ要素を強調する効果があると言っていいだろう。
 また、アニメ版では江波を訪ねた円太郎と周作が「親切な水兵さん」と出会ったことになっている。ここで哲がわざと間違った道を教えたのでは、という疑惑がネットで語られることがあるが、そのことの真偽はさておき、すずさんをめぐる三角関係のライバルをあらかじめ対面させておくあたりも恋愛要素としては効いているだろう。
 そして何より、アニメ版では周作とリンの関係に関する描写がそっくり割愛されているため(もちろん、そのことを暗示するアイテムは随所に登場するのだが)、すずさんと周作の関係によりフォーカスが寄った作品となっている。呉の焼跡で周作を見送るシーンでも、原作では朝日遊郭跡を自分で確かめるよう促す周作のセリフが、アニメ版では、必ずすずさんのところに帰ってくる、という周作の意思表示になっている点も(絵コンテでは原作通りの台詞だったので、尺の関係による変更だろう)、同様の効果をもたらしているように思う。

 ということで、アニメ版よりは「青年マンガ」寄りの原作『この世界の片隅に』だが、こうの史代先生の絵柄はご本人が昔の少年マンガをよく読まれていたとのことで、なんとなく懐かしさを感じさせる。
 そう思っていたところに、先日、かつてりぼんで活躍された千明初美先生の作品集『ちひろのお城』が復刊された。当時のりぼんといえば、流麗なタッチの一条ゆかり、乙女チック御三家の陸奥A子、田渕由美子、太刀掛秀子などの絵柄が乱舞する中、ちょっと石森章太郎を思わせる少年マンガ的なキャラクターはちょっと異色ではあった。とはいえ、そういうキャラクターだからこそ、か、流れるようなきれいなペンタッチとも合わせ、今読んでも古びていないのは再読して驚きだった。昔の少年マンガの影響を受けた絵柄、という点では、こうの先生の画風とも多少親戚関係にあるように思う。
 千明初美作品のテーマは、恋愛より家庭内の家族間の葛藤や新任のクラスをまとめようと奮戦する教師など、日常に立脚した作品が多かったのだが、その日常は、当時の読者からみて「現代」もしくは「ちょっとだけ昔」、昭和30年代から40年代の、まだ田舎では井戸が使われていたり、やぶれた服にアップリケをあてて使うような描写が散見され、今読むと、『この世界の片隅に』の昭和20年前後の日常との地続き感が強く感じられる。
 せっかく復刊されたことでもあり、こうの作品のファンの方にちょっとオススメしたい少女マンガだと思う。

2017年2月に読んだ本2017年03月04日 09時00分07秒

 2月はちょっと仕事が立て込み始めて読書量少なめ。

■ジャン・E. プレゲンズ『ジャンさんの「英語の頭」をつくる本―センスのいい科学論文のために』 インターメディカル
読了(2017-02-18) ☆☆☆☆

 英語論文を書く初心者向けの本は学会の展示会場等でもよく売られているが、これは1999年に福岡の日本農芸化学会の会場で買ったものだったようだ。先日職場のロッカーの奥から発掘されたので、改めて読んだ。
 この手の入門書によくある実例を細かく事例ごとに分類して例文と解説を列挙するようなスタイルではなく、比較文化論エッセイとして平易かつ面白く読ませつつ(なぜ、冠詞や単数複数を日本人がなかなか身につけられないか、については今までで一番わかりやすい解説だった)、必要な解説も施す、というスタイルで、古い本ではあるが、今でもしっかり役に立つ。むしろ、全くの初心者よりは、ある程度英作文のスキルをもってから、経験的にやっている使い方についての確認をするのに適しているかもれない。

■伊藤 由佳理 編著『研究するって面白い!――科学者になった11人の物語』岩波書店 (岩波ジュニア新書)
読了(2017-02-23) ☆☆☆

 編者を含む11人の女流研究者が、自分が研究者になったきっかけや研究内容、その面白さについて語る。専門用語がムツカシすぎるので、もしかすると本来のターゲットの中高生にはややハードルが高いかもしれないが、いろいろな進路があり得ることを中高生に語りかける点では、こういう本が研究以外の分野でもあった方がいいかもしれない。

■寺地 はるな・飛鳥井 千砂・島本 理生・加藤 千恵・藤岡 陽子・大山 淳子『リアルプリンセス』 ポプラ社
読了(2017-02-26) ☆☆☆☆

 6人の女性作家がおとぎ話に材をとってasta*に書き下ろした短編シリーズをまとめたものだが、現代社会を舞台にしたヒロインの物語に対してモチーフとしたおとぎ話をオーバーラップさせる技が作家ごと、作品ごとに異なり興味深く読める。
 ポプラ社の書店配布誌(定期購読も可能)asta*はたまにあるともらってくるが、なかなか攻めた内容で、連載作品も面白く、これと同様の、複数作家に共作させる企画がいろいろあったりして面白いのだった。

■ミランダ・ジュライ『あなたを選んでくれるもの』 新潮社 (新潮クレスト・ブックス)
読了(2017-02-27) ☆☆☆☆★

 たまたま、話題の映画『ラ・ラ・ランド』を観る前に、アメリカの奇妙な人生を綴るこのインタビュー集を読み始めた(始まる直前までページめくってた)けど、これが、映画に描かれるアメリカの日常と軽くオーバーラップして、けっこうハマってた。
 事実は小説より奇なり、を地で行く奇妙な味のインタビュー集。何故こんな奇妙な人と出会うことができてしまうのか、やはり「スタンド使い(笑)は引かれ合う」のか(笑)。ジュライの奇妙な冒険!
 また、翻訳であることを意識させずにするっと読めてしまい、なおかつ話者の性格の違いも感じさせる会話の訳がまたすごい。すごいと感じさせないのがすごい。

母の見た戦争2017年02月18日 15時34分57秒

 年末に、84歳の父と80歳の母を『この世界の片隅に』に連れて行ってみた。母の方は、映画が始まってからちょっとの間、うとうとしてるようだったので、ちゃんと観れているか心配だったのだが、観終えたら、「いい映画に連れてきてくれてありがとう」と、言ってもらえたので、ちょっと安心した。

 その後、映画公開後よく聞いた「老親に『この世界の片隅に』を見せたら昔のことを語り出した」という現象が当家においてもみられ、初めて聞くような話がいろいろと聞けたので、自分が忘れてしまう前に備忘録として記しておこうと思う。

 母は山形市内の生まれで、昭和11年生まれ、終戦時は小学3年生だったという。生家は山形駅から徒歩15〜20分くらいの距離だが、昭和40年代にも「ニッポンの普通の田舎」という感じで、自分の覚えている母の実家は土壁の昔風の家屋だった。わりと細長い土地で、道路に面した一角は別の家が建っており、奥に入っていくと家屋があり、裏手にちょっとした畑と、その一角に昔風のお便所があった(このお便所は子供心にもちょっとこわかった)。

 母から今回初めて聞いた話でまず驚いたのは、道路側の別のお宅の土地も含め、全体を昔は祖父が借りており、戦時中はそのお宅のあるあたりの土地に防空壕を掘っていた、ということであった(その後、土地を買う時に持ち主が分かれたとか)。
 「防空壕に入った」という話は子供の頃に聞かないではなかったが、具体的な場所やその後の経緯等は聞いたことがなかったので、ちょっと驚いた。
 祖父は漆職人で、当時の実家の2階には祖父の仕事部屋があったが、自分が物心ついた頃は仕事はしていなかった。たまに2階を見せてもらうと、仕事道具やあちこちにこびりついた漆があったのを覚えている。

 裏手の畑は、あまり使われていない感じで、その後建て替えられる際(自分が小学3年生の時だったと思う)にはそちらまで使った新しい大きな木造家屋になったのだったが、かつては映画の北條家のように野菜等を育てていたのだろう。北條家の段々畑と比べればずっと狭い畑で、祖父母と5人の兄弟姉妹には足りなかったのではなかろうか(因みに母は末っ子で、この5人の他にもあと何人か幼くして/若くして亡くなった兄弟はいたらしい)。当時、戦中から戦後にかけて子供たちも苦労したという話は、数年前に母方のお墓参りの後、伯母(母の亡兄の奥様)から昔の伯父たちの体験にまつわる話として少し耳にしたりした。
 母からこれまでにも、「戦時中はとにかく食べるものがなかった」とはよく聞いていたが、食に関する話でも、今回初めて聞いた話があった。戦時中のある時、祖母が「かて飯」を炊いておいたところ、盗難に遭ったとか。「かて飯」といっても、普通はお米以外の雑穀や大根飯、あるいは映画にあったようなサツマイモを混ぜたものが想起されると思うのだが、その盗まれた「かて飯」はお米にお茶がらを入れたもので、盗まれた後のお釜は、きれいにお米のご飯だけをとりわけて、お茶がらは残っていたということである。

 山形市内は幸い空襲には遭わずにすんだとのことだが、「神町の飛行場が空襲に遭ったときは家からもその炎で空が赤くなっているのが見えた」とのこと。資料によると、8月9日の出来事だったようだ。

http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000188488

http://mt1985.cocolog-nifty.com/naval_strike/2013/05/89-am-vf-9422-0.html

 リンク先に書かれていたように、山形市は「数少ない非戦災都市」ではあったようだが、学童疎開は行なわれていたようで、母も祖母の親戚の家から学校に通うことになったとか。親戚の方々にはかわいがってもらって、特にいやなことがあったわけではなかったのだが、なんでも、祖母と離れているのが淋しくて耐えられず、途中から実家に戻ってしまい、朝早くに疎開先のお宅まで歩いていってお弁当をもらい、そこから学校へ通い、帰りも同じようにして、実家まで帰る、という生活をちょっとの間していたらしい。これは今回初めて聞いた話の中でも特に驚いたエピソードだった。
 そんなことをしていたので、小学3年生の女の子にとってはあまりにも通学で歩く距離が長く、疲れがたまり、ほどなく熱を出して寝込んでしまったとか。それで寝込んでいるうちに玉音放送があって、終戦は疎開先ではなく実家で迎えた、ということである。
 実は自分も、子供の頃その母の実家に帰省するのが楽しくて、休みが終わって帰る時は淋しくなって「もっといたい」とか思いながらも、小学5年生の時だったと思うが、一人で実家に泊めてもらう、という生活をしてみたら、1週間ほどで淋しくなって母親に迎えにきてもらった、ということがあったので、やはり親子、変なところは似ているものだ、と、ちょっと思った。(余談だが、そんなこんなで、実は千明初美「いちじくの恋」は他人事と思えないのであった(笑))

 最後にもうひとつ、戦後の話もあった。
 母が通っていた小学校は、当時としては市内の小学校では珍しい鉄筋コンクリートのモダンな建物だったそうなのだが(その小学校の校庭には子供の頃遊びにいったが、そんなに昔の建物と思っていなかったので、校舎についてはあまり記憶がないのがちょっと残念)、それ故に米軍に接収されることになり、生徒はあちこちに分散して授業を受けることになったとのことである。
 いきなり「アメリカ軍が使うことになったから」と言われ、先生も生徒も総出であわてて机や椅子を運び出すことになったのをよく覚えている、とか。記録をさぐってみたら、米軍による接収は2年間だったようなので、母が卒業するまでには元の校舎には戻れたのだろう。

 なお、父からは特に当時の話等は出てこなかった。もともとそんなに多弁な人でないこともあるが、山形の郡部の、それなりに歴史のある農家の生まれだったので、あまり語りたくなるような戦争体験というのはないのかもしれない。
 「今はマンガの方がこういう話を簡単に作れるのか」というわかったようなわからないようなコメントをもらったので、「この監督さんはものすごい調査をして作ってるので、簡単なんてことはないよ」と答えてはおいたが、もしかすると、ボキャブラリーの少ない(アニメの作り方等も特に知らない)父のコメントとしては、これでも最大級の褒め言葉ではあったのかもしれない。

 あるいはもう何年かすれば、こんな昔話もすぐには出てこなくなるかもしれない、と思うと、昨年末に両親に『この世界の片隅に』を見せることができたのはよかった、と思う次第である。

2017年1月に読んだ本2017年02月01日 22時42分09秒

 1月も小説の積読消化はいまひとつ進まなかったものの、マンガの新刊がいろいろあって、なかなか楽しめた。

■バリントン・J・ベイリイ『時間帝国の崩壊』 久保書店SFノベルス
読了(2017-01-02) ☆☆☆★

 今年の正月実家発掘本。大学1年の時(1983年)に大学生協に注文して買ったんだったかな。久保書店らしい?悪趣味な表紙もふくめ、ものすごく懐かしい。しかしまた、これも内容は忘れ切っていて、これの前に読んだ『時間衝突』同様、新鮮に楽しめた。
 いや、これはベイリー邦訳長編中でもB級・オブ・ザ・B級! 同じ時間を扱ったアイデアとしての破天荒さでも、SFとしての洗練度でも『時間衝突』には及ばないものの、ヴォクトやベスターを連想させる要素もありつつチープで猥雑。ある意味「久保書店」から出て正解っぽいかも。(とはいえ、誤字脱字はかなり多かった(笑))

■CLAMP『カードキャプターさくら クリアカード編』1巻 講談社KCデラックス なかよし
読了(2017-01-9) ☆☆

 いわずとしれた『カードキャプターさくら』中学生編。
 ううむ。そういえばもともとこういうタッチで、こういう雰囲気の物語だったか。ある意味、第二部完結後からの経過時間を感じさせないともいえるが、今再開するなら、もう少し新しい味付けが欲しかった気もするかなあ。(もともと、原作マンガよりアニメ版の方が好きだったので、感想としてはこのくらいかも…)

■ひかわきょうこ『お伽もよう綾にしき ふたたび』 6巻 白泉社花とゆめCOMICS
読了(2017-01-9) ☆☆☆★

 おじゃる様の過去が明かされる第6巻。無頼な男性キャラがひととき愛情を注がれて、その後ダークな道に落ちていたのがヒロインとの関わりの中で安住の地を見つける、というシチュエーションは実は『荒野の天使ども』以降、繰り返されてきた安定パターンなのだが、どれを読んでもついほろっとしてしまう。

■田中 圭一『田中圭一の「ペンと箸」—漫画家の好物—』 小学館ビッグコミックススペシャル
読了(2017-01-21) ☆☆☆☆

 イタコマンガ家田中圭一が有名マンガ家のお子さんに取材し、そのマンガ家ゆかりの料理を食べつつ、インタビューを進めるルポルタージュマンガ。イタコマンガ家の能力を活かし切って、毎回当該マンガ家の画風で描かれるという職人芸。WEB連載でずっと読んでいたので待望の感のあるコミックス。
 それにしても、よりによって、このコミックスが出る月に合わせるかのように暗黒展開を炸裂させた『ど根性ガエルの娘』恐るべし…

■西尾 維新『掟上今日子の旅行記』 講談社
読了(2017-01-21) ☆☆☆★

 今回は厄介くん視点の長篇。一晩寝ると記憶がリセットされる今日子さんが、なんとパリに出没。お題は不可能犯罪。忘却探偵という設定を十分に活用しつつ、ミステリの典型パターンをまた一つクリアした、みたいな感じ。なかなか楽しめた。

■桜庭 一樹『GOSICK GREEN』 KADOKAWA
読了(2017-01-27) ☆☆★

 なるほど、旧シリーズは「旧世界(欧州)」の因襲にとらわれた灰色狼の末裔であるヒロインのヴィクトリカが解放されるまでの物語、ということで、設定の連続性も含め、全体で一つの大長編作品、といった趣だったのだが、新シリーズは「新大陸」で下克上?したさまざまな怪物的人物と一冊ごとにわたりあっていく、というコンセプトなのだなあ。
 ある意味、旧シリーズが『ジョジョ』でいえば第一部〜第二部、新シリーズは第三部以降のスタンドバトルのようなものかもしれない。まあ、ミステリとしては薄味なのはいつも通り。

■東海林さだお・川上弘美・阿川佐和子・山口瞳・吉田健一・川本三郎・恩田陸・平松洋子・久住昌之・角田光代・辰巳浜子・室井佑月・北大路公子・赤塚不二夫・内田百けん・大竹聡・椎名誠・村松友視・阿川弘之・伊藤晴雨・坂口謹一郎・星新一・小泉武夫・森茉莉・種村季弘・岩城宏之・開高健・千野栄一・小沼丹・田中小実昌・吉田直哉・立松和平・石堂淑朗・丸山健二・永井龍男・矢口純・佐多稲子・獅子文六・遠藤周作・吉村昭・長田弘『アンソロジー ビール』 パルコ出版
読了(2017-01-28) ☆☆☆★

 パルコ出版のエッセイアンソロジーシリーズの中のビールをテーマにした一冊。古今東西の作家のビールについてのエッセイを微妙に通じる要素でリレー的につなげる構成がお見事。
 とはいえ、いかにビールそのものやビール会社に関して知られていないのかも思い知らされる(笑)。というか、詳細は略すが、農芸化学出身の星新一センセイはもっとしっかりしてほしい(笑)。

■佐々 涼子『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』 早川書房
読了(2017-01-29) ☆☆☆☆

 東日本大震災で被災した製紙工場が半年というスピード復興を果たすまでのノンフィクション。震災被害にかかわる部分は今読んでもなかなか冷静には読めないところがあるが、工場復興に関わった社員たちの物語だけでなく、被災の負の側面(あまり報道されなかった被災地での治安悪化など)まできっちり描いてある姿勢はおおいに評価されるべきだと思った。

■吉住 渉『ママレード・ボーイ little』5巻 集英社マーガレットコミックス
読了(2017-01-29) ☆☆☆★

 とにかく、この絵が好き。このかあいらしい絵で描かれるたあいのないほんわか恋愛ストーリーがいい。たまにこういうマンガを読むと癒されるなあ。

■近藤ようこ・夏目漱石『夢十夜』 岩波書店
読了(2017-01-29) ☆☆☆☆

 こちらもWEB連載で読んでいた待望のコミックス化。近藤ようこで『夢十夜』ならこうもあろう、という期待を裏切らない一冊。これ以上の説明は不要であろう。

■千明 初美『千明初美作品集・ちひろのお城』 復刊ドットコム
読了(2017-01-30) ☆☆☆☆

 高野文子セレクト(!)による千明初美の作品集。あとがきで明かされる千明初美と高野文子の意外な関係に驚く。因みに、小学生の頃読んでいたりぼんで、一条ゆかり『こいきな奴ら』を別格とするなら、一番好きだったのは千明初美だったかもしれない。
 少女マンガらしい華やかさ、柔らかさ、おしゃれさ、かわいらしさもありつつも、少年マンガの影響も色濃いと思われるシャープな絵柄、躍動感のある描線が今読んでもあまり古びてなくて、やっぱりいいなあ。
 テーマに恋愛色が薄くて家族や学校でのありふれた悩み事が多かったあたりが、人気爆発とはいかなかった理由のようには思うんだけど、時代背景こそ古いものの、思春期のあれこれのテーマは今にも通じるし、普遍的で今読んでも変わらぬ味わいがある。もっと復刻されないかな。もっと読まれてほしい。
 なかでもいちばん思い入れ深い「いちじくの恋」を久しぶりに読んで、片渕監督の『マイマイ新子と千年の魔法』にハマる自分の好みのルーツをあらためて実感した。発表当時はちょっと昔くらいを描いていた昭和30〜40年代の日常が、今読むと懐かしくもちょっと切ない。マイマイのファンの人は千明初美読んでみるといいと思うなあ。