翻訳教室覚書 ― 2016年06月09日 04時25分38秒
ということで、SFセミナーの翻訳教室で印象に残った箇所の覚書。当日は〆切前に課題を提出した人の訳文を元テキストといくつか対照させた配布資料もあり、複数の人の解釈を確認しつつ、西崎さんの解釈が解説される、という流れ。時間の関係ではしょられちゃった箇所もあちこちあったのはちょっと残念。
なお、翻訳の難易度を10段階でつけるなら、このテキストは4くらいではないか、とのこと。(教材向き、という感じ?)
■「突然」は訳さなくていい!?
Suddenly, John Greer found that he was at the entrance to Heaven.
ほとんどの人が「突然」と訳していた冒頭の文章のさらに冒頭の「Suddenly」、文章全体を日本語にする場合には、「ふと気がつくと」のように、動詞の翻訳に「Suddenly」で表されるニュアンスが表現されることが多いので、「Suddenly」をそのまま「突然」と訳さなくてもよい、とのこと。これは目からウロコで、ちょっと会場がどよめいてました。
■冠詞が表すものは?
Before him stretched the white and azure cloud-lands of the hereafter, and in the far distance he could see a fabulous city gleaming gold under an eternal sun.
次の文章。来世の光景が描写されているけど、直訳的に訳すと自然な日本語になかなかならない。具体例は省くけど、この箇所の講義のポイントとしては、「日本語の文章として不自然にならない」ことは意識すべき、とのこと。
そして文末の「an eternal sun」。この「an」は、ここで見えている「sun」が、主人公がいつも地上で目にしていた太陽とは違う、初めて目にする「sun」である、というニュアンスが読み取れる、とのこと。
英作文をしていても、日本人の弱点と言われる冠詞だが、その難しさをさらに実感しました。
■単数・複数の解釈&驚いた時はどうなる?
"Welcome to Heaven," the Recording Angel said, and opened a great brass-bound ledger. Squinting through thick bifocals, the angel ran his finger down the dense rows of names. He found Greer's entry and hesitated, his wing tips fluttering momentarily in agitation.
ここでは、末尾の「his wing tips fluttering momentarily in agitation.」にスポットを。まず、「wing tips」が複数なので、これは天使の「両翼」の先端、ということになるが、試訳で「両翼」のニュアンスを入れていたのはお一方のみでした。確かに、あまり意識せずにさらっと日本語にすると抜けてしまいそう。
また、文節全体として天使の自発的な意志とは関係ない動きであることがわかるので、訳す時に「天使が翼の先をふるわせた」というようにしてしまうと、意図的に動かしているような日本語になる(実際、試訳の中にも何例かあり)ので要注意、とのこと。
■会話の言葉遣い
The Recording Angel looked at him with compassion. "You have the right, of course. But I would advise against it. Do you remember how you died?"
Greer thought, then shook his head. "How?" he asked.
"I am not allowed to say. But death is never pleasant. You're here now. Why not stay with us?"
That was only reasonable. But Greer was nagged by a sense of something unfinished. "If it's allowed," he said, "I really would like to have those last minutes."
"Go, then," said the Angel, "and I will wait for you here."
この箇所にかぎらず、会話の文をみると、天使側がシンプルに言い切っているのと比べ、主人公がややまわりくどい言い回しをしている。この違いからは、天使の方はちょっとぞんざいに、主人公の方は丁寧な言葉で話している、立場の違いのニュアンスがわかる、とのこと。
(前エントリの自分の試訳で、模範例に近かったのはこの箇所くらい。しかも、上記のように英文からニュアンスを読み取ったというより、シチュエーションからその方が自然か、と思って訳したので、たんなる偶然ともいえる)
■潜水艦の名は?
Then Greer remembered where he was. He was a gunnery officer aboard the U. S. submarine Invictus. There had been a sonar failure; they had just rammed an underwater cliff that should have been a mile away, and now were dropping helplessly through the black water.
これはなかなか含蓄のある箇所で潜水艦の名前「Invictus」は辞書などによると「不沈」の意味があるので、英語で読むならその名前に込められた皮肉なニュアンスが見ただけで伝わるけど、どう訳すか悩ましい。
ありがちな例としては、こういう潜水艦名を<>などでくくる(「潜水艦<インヴィクタス>のように)こともあるが、ここはあまり名前を強調しないほうが自然な訳文になる、とのこと。(会場の大森センセからも「こういう時に<>はつけない」とのコメントありました)
■天使のおしごと?
翻訳の善し悪しとは別に、記録天使が分厚い遠近両用眼鏡(これもそのまま訳すと自然な日本語にしにくい?)を使っていたり、死神がオーバーワークでうっかりミスをしたりしているあたりは、天上界なのに妙に人間臭くて、ちょっとしたユーモアかもしれない。
■所感
翻訳のあり方については必ずしも正解はなく、逐語訳にこだわって、かつ日本語としても自然な訳文を駆使される翻訳家の方もおられるが、今回の講師の西崎さんは「日本語の小説として自然に読める」ことに重きを置いたスタンスといえると思うが、一方で、冠詞や単数複数にまで気を配る、という点では、原文に込められたニュアンスはすみずみまで読み取った上で、原文で表現されていたことはちゃんと訳文に反映させよう、ということになるかと思う。
日本の英語学習は基本、逐語訳なので、身に付いたそのあたりの殻は、普段あまり意識しないが、授業的な「英文和訳」と「翻訳」の間のハードルの違いはちょっと実感できたように思う。
そういえば、こちらは一種の極論かも? とも思うが、昨年(2015年)の名古屋SFシンポジウムでは、中村融さんがご自身の翻訳流儀として、原文で語られている内容がちゃんと含まれるなら、英文と日本語の文章が必ずしも対応していなくてもよい、原文の複数の文章を解体して日本語の訳文として再構成することもある、という趣旨のことをいっておられたが、これも上記の西崎さんのスタンスと概ね近いように思う。
なんにしろ、短時間ながら、翻訳の奥深さを体感できる体験ではあったが、大学SF研現役時代の自分の英語力では、やっぱり翻訳やらなかったのは正解だったかも(笑)、とも思った。
なお、翻訳の難易度を10段階でつけるなら、このテキストは4くらいではないか、とのこと。(教材向き、という感じ?)
■「突然」は訳さなくていい!?
Suddenly, John Greer found that he was at the entrance to Heaven.
ほとんどの人が「突然」と訳していた冒頭の文章のさらに冒頭の「Suddenly」、文章全体を日本語にする場合には、「ふと気がつくと」のように、動詞の翻訳に「Suddenly」で表されるニュアンスが表現されることが多いので、「Suddenly」をそのまま「突然」と訳さなくてもよい、とのこと。これは目からウロコで、ちょっと会場がどよめいてました。
■冠詞が表すものは?
Before him stretched the white and azure cloud-lands of the hereafter, and in the far distance he could see a fabulous city gleaming gold under an eternal sun.
次の文章。来世の光景が描写されているけど、直訳的に訳すと自然な日本語になかなかならない。具体例は省くけど、この箇所の講義のポイントとしては、「日本語の文章として不自然にならない」ことは意識すべき、とのこと。
そして文末の「an eternal sun」。この「an」は、ここで見えている「sun」が、主人公がいつも地上で目にしていた太陽とは違う、初めて目にする「sun」である、というニュアンスが読み取れる、とのこと。
英作文をしていても、日本人の弱点と言われる冠詞だが、その難しさをさらに実感しました。
■単数・複数の解釈&驚いた時はどうなる?
"Welcome to Heaven," the Recording Angel said, and opened a great brass-bound ledger. Squinting through thick bifocals, the angel ran his finger down the dense rows of names. He found Greer's entry and hesitated, his wing tips fluttering momentarily in agitation.
ここでは、末尾の「his wing tips fluttering momentarily in agitation.」にスポットを。まず、「wing tips」が複数なので、これは天使の「両翼」の先端、ということになるが、試訳で「両翼」のニュアンスを入れていたのはお一方のみでした。確かに、あまり意識せずにさらっと日本語にすると抜けてしまいそう。
また、文節全体として天使の自発的な意志とは関係ない動きであることがわかるので、訳す時に「天使が翼の先をふるわせた」というようにしてしまうと、意図的に動かしているような日本語になる(実際、試訳の中にも何例かあり)ので要注意、とのこと。
■会話の言葉遣い
The Recording Angel looked at him with compassion. "You have the right, of course. But I would advise against it. Do you remember how you died?"
Greer thought, then shook his head. "How?" he asked.
"I am not allowed to say. But death is never pleasant. You're here now. Why not stay with us?"
That was only reasonable. But Greer was nagged by a sense of something unfinished. "If it's allowed," he said, "I really would like to have those last minutes."
"Go, then," said the Angel, "and I will wait for you here."
この箇所にかぎらず、会話の文をみると、天使側がシンプルに言い切っているのと比べ、主人公がややまわりくどい言い回しをしている。この違いからは、天使の方はちょっとぞんざいに、主人公の方は丁寧な言葉で話している、立場の違いのニュアンスがわかる、とのこと。
(前エントリの自分の試訳で、模範例に近かったのはこの箇所くらい。しかも、上記のように英文からニュアンスを読み取ったというより、シチュエーションからその方が自然か、と思って訳したので、たんなる偶然ともいえる)
■潜水艦の名は?
Then Greer remembered where he was. He was a gunnery officer aboard the U. S. submarine Invictus. There had been a sonar failure; they had just rammed an underwater cliff that should have been a mile away, and now were dropping helplessly through the black water.
これはなかなか含蓄のある箇所で潜水艦の名前「Invictus」は辞書などによると「不沈」の意味があるので、英語で読むならその名前に込められた皮肉なニュアンスが見ただけで伝わるけど、どう訳すか悩ましい。
ありがちな例としては、こういう潜水艦名を<>などでくくる(「潜水艦<インヴィクタス>のように)こともあるが、ここはあまり名前を強調しないほうが自然な訳文になる、とのこと。(会場の大森センセからも「こういう時に<>はつけない」とのコメントありました)
■天使のおしごと?
翻訳の善し悪しとは別に、記録天使が分厚い遠近両用眼鏡(これもそのまま訳すと自然な日本語にしにくい?)を使っていたり、死神がオーバーワークでうっかりミスをしたりしているあたりは、天上界なのに妙に人間臭くて、ちょっとしたユーモアかもしれない。
■所感
翻訳のあり方については必ずしも正解はなく、逐語訳にこだわって、かつ日本語としても自然な訳文を駆使される翻訳家の方もおられるが、今回の講師の西崎さんは「日本語の小説として自然に読める」ことに重きを置いたスタンスといえると思うが、一方で、冠詞や単数複数にまで気を配る、という点では、原文に込められたニュアンスはすみずみまで読み取った上で、原文で表現されていたことはちゃんと訳文に反映させよう、ということになるかと思う。
日本の英語学習は基本、逐語訳なので、身に付いたそのあたりの殻は、普段あまり意識しないが、授業的な「英文和訳」と「翻訳」の間のハードルの違いはちょっと実感できたように思う。
そういえば、こちらは一種の極論かも? とも思うが、昨年(2015年)の名古屋SFシンポジウムでは、中村融さんがご自身の翻訳流儀として、原文で語られている内容がちゃんと含まれるなら、英文と日本語の文章が必ずしも対応していなくてもよい、原文の複数の文章を解体して日本語の訳文として再構成することもある、という趣旨のことをいっておられたが、これも上記の西崎さんのスタンスと概ね近いように思う。
なんにしろ、短時間ながら、翻訳の奥深さを体感できる体験ではあったが、大学SF研現役時代の自分の英語力では、やっぱり翻訳やらなかったのは正解だったかも(笑)、とも思った。
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