2017年1月に読んだ本2017年02月01日 22時42分09秒

 1月も小説の積読消化はいまひとつ進まなかったものの、マンガの新刊がいろいろあって、なかなか楽しめた。

■バリントン・J・ベイリイ『時間帝国の崩壊』 久保書店SFノベルス
読了(2017-01-02) ☆☆☆★

 今年の正月実家発掘本。大学1年の時(1983年)に大学生協に注文して買ったんだったかな。久保書店らしい?悪趣味な表紙もふくめ、ものすごく懐かしい。しかしまた、これも内容は忘れ切っていて、これの前に読んだ『時間衝突』同様、新鮮に楽しめた。
 いや、これはベイリー邦訳長編中でもB級・オブ・ザ・B級! 同じ時間を扱ったアイデアとしての破天荒さでも、SFとしての洗練度でも『時間衝突』には及ばないものの、ヴォクトやベスターを連想させる要素もありつつチープで猥雑。ある意味「久保書店」から出て正解っぽいかも。(とはいえ、誤字脱字はかなり多かった(笑))

■CLAMP『カードキャプターさくら クリアカード編』1巻 講談社KCデラックス なかよし
読了(2017-01-9) ☆☆

 いわずとしれた『カードキャプターさくら』中学生編。
 ううむ。そういえばもともとこういうタッチで、こういう雰囲気の物語だったか。ある意味、第二部完結後からの経過時間を感じさせないともいえるが、今再開するなら、もう少し新しい味付けが欲しかった気もするかなあ。(もともと、原作マンガよりアニメ版の方が好きだったので、感想としてはこのくらいかも…)

■ひかわきょうこ『お伽もよう綾にしき ふたたび』 6巻 白泉社花とゆめCOMICS
読了(2017-01-9) ☆☆☆★

 おじゃる様の過去が明かされる第6巻。無頼な男性キャラがひととき愛情を注がれて、その後ダークな道に落ちていたのがヒロインとの関わりの中で安住の地を見つける、というシチュエーションは実は『荒野の天使ども』以降、繰り返されてきた安定パターンなのだが、どれを読んでもついほろっとしてしまう。

■田中 圭一『田中圭一の「ペンと箸」—漫画家の好物—』 小学館ビッグコミックススペシャル
読了(2017-01-21) ☆☆☆☆

 イタコマンガ家田中圭一が有名マンガ家のお子さんに取材し、そのマンガ家ゆかりの料理を食べつつ、インタビューを進めるルポルタージュマンガ。イタコマンガ家の能力を活かし切って、毎回当該マンガ家の画風で描かれるという職人芸。WEB連載でずっと読んでいたので待望の感のあるコミックス。
 それにしても、よりによって、このコミックスが出る月に合わせるかのように暗黒展開を炸裂させた『ど根性ガエルの娘』恐るべし…

■西尾 維新『掟上今日子の旅行記』 講談社
読了(2017-01-21) ☆☆☆★

 今回は厄介くん視点の長篇。一晩寝ると記憶がリセットされる今日子さんが、なんとパリに出没。お題は不可能犯罪。忘却探偵という設定を十分に活用しつつ、ミステリの典型パターンをまた一つクリアした、みたいな感じ。なかなか楽しめた。

■桜庭 一樹『GOSICK GREEN』 KADOKAWA
読了(2017-01-27) ☆☆★

 なるほど、旧シリーズは「旧世界(欧州)」の因襲にとらわれた灰色狼の末裔であるヒロインのヴィクトリカが解放されるまでの物語、ということで、設定の連続性も含め、全体で一つの大長編作品、といった趣だったのだが、新シリーズは「新大陸」で下克上?したさまざまな怪物的人物と一冊ごとにわたりあっていく、というコンセプトなのだなあ。
 ある意味、旧シリーズが『ジョジョ』でいえば第一部〜第二部、新シリーズは第三部以降のスタンドバトルのようなものかもしれない。まあ、ミステリとしては薄味なのはいつも通り。

■東海林さだお・川上弘美・阿川佐和子・山口瞳・吉田健一・川本三郎・恩田陸・平松洋子・久住昌之・角田光代・辰巳浜子・室井佑月・北大路公子・赤塚不二夫・内田百けん・大竹聡・椎名誠・村松友視・阿川弘之・伊藤晴雨・坂口謹一郎・星新一・小泉武夫・森茉莉・種村季弘・岩城宏之・開高健・千野栄一・小沼丹・田中小実昌・吉田直哉・立松和平・石堂淑朗・丸山健二・永井龍男・矢口純・佐多稲子・獅子文六・遠藤周作・吉村昭・長田弘『アンソロジー ビール』 パルコ出版
読了(2017-01-28) ☆☆☆★

 パルコ出版のエッセイアンソロジーシリーズの中のビールをテーマにした一冊。古今東西の作家のビールについてのエッセイを微妙に通じる要素でリレー的につなげる構成がお見事。
 とはいえ、いかにビールそのものやビール会社に関して知られていないのかも思い知らされる(笑)。というか、詳細は略すが、農芸化学出身の星新一センセイはもっとしっかりしてほしい(笑)。

■佐々 涼子『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』 早川書房
読了(2017-01-29) ☆☆☆☆

 東日本大震災で被災した製紙工場が半年というスピード復興を果たすまでのノンフィクション。震災被害にかかわる部分は今読んでもなかなか冷静には読めないところがあるが、工場復興に関わった社員たちの物語だけでなく、被災の負の側面(あまり報道されなかった被災地での治安悪化など)まできっちり描いてある姿勢はおおいに評価されるべきだと思った。

■吉住 渉『ママレード・ボーイ little』5巻 集英社マーガレットコミックス
読了(2017-01-29) ☆☆☆★

 とにかく、この絵が好き。このかあいらしい絵で描かれるたあいのないほんわか恋愛ストーリーがいい。たまにこういうマンガを読むと癒されるなあ。

■近藤ようこ・夏目漱石『夢十夜』 岩波書店
読了(2017-01-29) ☆☆☆☆

 こちらもWEB連載で読んでいた待望のコミックス化。近藤ようこで『夢十夜』ならこうもあろう、という期待を裏切らない一冊。これ以上の説明は不要であろう。

■千明 初美『千明初美作品集・ちひろのお城』 復刊ドットコム
読了(2017-01-30) ☆☆☆☆

 高野文子セレクト(!)による千明初美の作品集。あとがきで明かされる千明初美と高野文子の意外な関係に驚く。因みに、小学生の頃読んでいたりぼんで、一条ゆかり『こいきな奴ら』を別格とするなら、一番好きだったのは千明初美だったかもしれない。
 少女マンガらしい華やかさ、柔らかさ、おしゃれさ、かわいらしさもありつつも、少年マンガの影響も色濃いと思われるシャープな絵柄、躍動感のある描線が今読んでもあまり古びてなくて、やっぱりいいなあ。
 テーマに恋愛色が薄くて家族や学校でのありふれた悩み事が多かったあたりが、人気爆発とはいかなかった理由のようには思うんだけど、時代背景こそ古いものの、思春期のあれこれのテーマは今にも通じるし、普遍的で今読んでも変わらぬ味わいがある。もっと復刻されないかな。もっと読まれてほしい。
 なかでもいちばん思い入れ深い「いちじくの恋」を久しぶりに読んで、片渕監督の『マイマイ新子と千年の魔法』にハマる自分の好みのルーツをあらためて実感した。発表当時はちょっと昔くらいを描いていた昭和30〜40年代の日常が、今読むと懐かしくもちょっと切ない。マイマイのファンの人は千明初美読んでみるといいと思うなあ。

母の見た戦争2017年02月18日 15時34分57秒

 年末に、84歳の父と80歳の母を『この世界の片隅に』に連れて行ってみた。母の方は、映画が始まってからちょっとの間、うとうとしてるようだったので、ちゃんと観れているか心配だったのだが、観終えたら、「いい映画に連れてきてくれてありがとう」と、言ってもらえたので、ちょっと安心した。

 その後、映画公開後よく聞いた「老親に『この世界の片隅に』を見せたら昔のことを語り出した」という現象が当家においてもみられ、初めて聞くような話がいろいろと聞けたので、自分が忘れてしまう前に備忘録として記しておこうと思う。

 母は山形市内の生まれで、昭和11年生まれ、終戦時は小学3年生だったという。生家は山形駅から徒歩15〜20分くらいの距離だが、昭和40年代にも「ニッポンの普通の田舎」という感じで、自分の覚えている母の実家は土壁の昔風の家屋だった。わりと細長い土地で、道路に面した一角は別の家が建っており、奥に入っていくと家屋があり、裏手にちょっとした畑と、その一角に昔風のお便所があった(このお便所は子供心にもちょっとこわかった)。

 母から今回初めて聞いた話でまず驚いたのは、道路側の別のお宅の土地も含め、全体を昔は祖父が借りており、戦時中はそのお宅のあるあたりの土地に防空壕を掘っていた、ということであった(その後、土地を買う時に持ち主が分かれたとか)。
 「防空壕に入った」という話は子供の頃に聞かないではなかったが、具体的な場所やその後の経緯等は聞いたことがなかったので、ちょっと驚いた。
 祖父は漆職人で、当時の実家の2階には祖父の仕事部屋があったが、自分が物心ついた頃は仕事はしていなかった。たまに2階を見せてもらうと、仕事道具やあちこちにこびりついた漆があったのを覚えている。

 裏手の畑は、あまり使われていない感じで、その後建て替えられる際(自分が小学3年生の時だったと思う)にはそちらまで使った新しい大きな木造家屋になったのだったが、かつては映画の北條家のように野菜等を育てていたのだろう。北條家の段々畑と比べればずっと狭い畑で、祖父母と5人の兄弟姉妹には足りなかったのではなかろうか(因みに母は末っ子で、この5人の他にもあと何人か幼くして/若くして亡くなった兄弟はいたらしい)。当時、戦中から戦後にかけて子供たちも苦労したという話は、数年前に母方のお墓参りの後、伯母(母の亡兄の奥様)から昔の伯父たちの体験にまつわる話として少し耳にしたりした。
 母からこれまでにも、「戦時中はとにかく食べるものがなかった」とはよく聞いていたが、食に関する話でも、今回初めて聞いた話があった。戦時中のある時、祖母が「かて飯」を炊いておいたところ、盗難に遭ったとか。「かて飯」といっても、普通はお米以外の雑穀や大根飯、あるいは映画にあったようなサツマイモを混ぜたものが想起されると思うのだが、その盗まれた「かて飯」はお米にお茶がらを入れたもので、盗まれた後のお釜は、きれいにお米のご飯だけをとりわけて、お茶がらは残っていたということである。

 山形市内は幸い空襲には遭わずにすんだとのことだが、「神町の飛行場が空襲に遭ったときは家からもその炎で空が赤くなっているのが見えた」とのこと。資料によると、8月9日の出来事だったようだ。

http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000188488

http://mt1985.cocolog-nifty.com/naval_strike/2013/05/89-am-vf-9422-0.html

 リンク先に書かれていたように、山形市は「数少ない非戦災都市」ではあったようだが、学童疎開は行なわれていたようで、母も祖母の親戚の家から学校に通うことになったとか。親戚の方々にはかわいがってもらって、特にいやなことがあったわけではなかったのだが、なんでも、祖母と離れているのが淋しくて耐えられず、途中から実家に戻ってしまい、朝早くに疎開先のお宅まで歩いていってお弁当をもらい、そこから学校へ通い、帰りも同じようにして、実家まで帰る、という生活をちょっとの間していたらしい。これは今回初めて聞いた話の中でも特に驚いたエピソードだった。
 そんなことをしていたので、小学3年生の女の子にとってはあまりにも通学で歩く距離が長く、疲れがたまり、ほどなく熱を出して寝込んでしまったとか。それで寝込んでいるうちに玉音放送があって、終戦は疎開先ではなく実家で迎えた、ということである。
 実は自分も、子供の頃その母の実家に帰省するのが楽しくて、休みが終わって帰る時は淋しくなって「もっといたい」とか思いながらも、小学5年生の時だったと思うが、一人で実家に泊めてもらう、という生活をしてみたら、1週間ほどで淋しくなって母親に迎えにきてもらった、ということがあったので、やはり親子、変なところは似ているものだ、と、ちょっと思った。(余談だが、そんなこんなで、実は千明初美「いちじくの恋」は他人事と思えないのであった(笑))

 最後にもうひとつ、戦後の話もあった。
 母が通っていた小学校は、当時としては市内の小学校では珍しい鉄筋コンクリートのモダンな建物だったそうなのだが(その小学校の校庭には子供の頃遊びにいったが、そんなに昔の建物と思っていなかったので、校舎についてはあまり記憶がないのがちょっと残念)、それ故に米軍に接収されることになり、生徒はあちこちに分散して授業を受けることになったとのことである。
 いきなり「アメリカ軍が使うことになったから」と言われ、先生も生徒も総出であわてて机や椅子を運び出すことになったのをよく覚えている、とか。記録をさぐってみたら、米軍による接収は2年間だったようなので、母が卒業するまでには元の校舎には戻れたのだろう。

 なお、父からは特に当時の話等は出てこなかった。もともとそんなに多弁な人でないこともあるが、山形の郡部の、それなりに歴史のある農家の生まれだったので、あまり語りたくなるような戦争体験というのはないのかもしれない。
 「今はマンガの方がこういう話を簡単に作れるのか」というわかったようなわからないようなコメントをもらったので、「この監督さんはものすごい調査をして作ってるので、簡単なんてことはないよ」と答えてはおいたが、もしかすると、ボキャブラリーの少ない(アニメの作り方等も特に知らない)父のコメントとしては、これでも最大級の褒め言葉ではあったのかもしれない。

 あるいはもう何年かすれば、こんな昔話もすぐには出てこなくなるかもしれない、と思うと、昨年末に両親に『この世界の片隅に』を見せることができたのはよかった、と思う次第である。