マルチタイム・ワールド(歴史逆転世界の『双生児』)2016年04月08日 03時48分30秒

 ちょっと間が空いた『双生児』解析シリーズ、実はまだネタがありました(笑)。たぶんこれが最終回!?
 なお、今回、『双生児』だけでなく、過去のプリースト作品のネタバレ満載なので、未読の方にはオススメしません(汗)。

◼︎地球の人
 日本版オリジナル短編集『限りなき夏』にプリーストが寄せた序文の中で、初期短編「リアルタイム・ワールド」について、このように語られている。

<以下引用>
 「リアルタイム・ワールド」は、初期に書いたたもののひとつだが、わたしの作品に不可欠なテーマが驚くほど含まれており、そのテーマはそれ以降の長篇の中で頻繁に現れている。

 「不可欠」とか「頻繁に」とか、ちょっと言い過ぎなんじゃないの? と思われる方もいるかもしれない。その「リアルタイム・ワールド」は月面の実験基地という閉鎖環境に置かれた隊員たちに与える「情報」をコントロールすることで、隊員たちの「現実」が変容してしまう、というアイデア短編である。真実を知っている主人公には月面の重力下でゆっくり落ちるように見える鉄のレバーが、「自分たちは地球にいる」という「現実」を知覚してしまっている他の隊員からは普通の1Gの重力下で普通に落ちているようにしか見えない、という二重の「現実」が描かれる。
 このアイデアを発展させたものが長編『逆転世界』であることは容易に理解できるだろう。常にレールで移動しなくてはならない地球市の住民たちは反比例グラフを回転させたような「逆転世界」を「現実」として知覚しているが、実は彼らは普通の地球の上にいた、ということが明らかとなる。地球市という集団がそのような「逆転世界」に自分たちがいる、という「情報」を集団の中で共有することで知覚される「現実」そのものが変容していた訳だが、「リアルタイム・ワールド」では地球と月ということでまだしも同じ宇宙には属しているが、『逆転世界』はよりグレードアップして世界そのものがひっくり返っており、同じ宇宙とは思えないほどである。
 とはいえ、他のプリースト作品と「リアルタイム・ワールド」の関係性はどこにあるのだろうか。その鍵は「情報」による「現実」の変容であろう。これら2作では「情報」が「現実」を変容させるためにはそれがある程度のマスの集団に共有されることがトリガーとなっているような描かれ方をしているが、これが個人個人で起っているのが、『魔法』以後のプリースト作品ではなかろうか。「記憶喪失」というシチュエーションが繰り返し登場するのは、当人がそれまで知覚していた「現実」をリセットし、取り戻していく「記憶」という形で「現実」を知覚するための「情報」をコントロールし、「現実」そのものをコントロールしている、と考えることができるだろう。

◼︎歴史逆転世界
 これまでの解析は『双生児』の物語構造を改変歴史SF、タイムスリップSF、並行世界SFなど、SFの定番的な構造に切り分けることで、物語に仕組まれた複雑なトリックを顕在化させることを主眼としてきた。
 しかし、この『双生児』もまたプリーストの作品であり、既に述べてきたように、本作においても「記憶」が「現実」を変容させていることがうかがい知れる。
 なにしろ、同じ地球の上に「逆転世界」を「現実」として知覚している人がいてもいいのがプリーストワールドである。そうであるなら、同じ地球の上に歴史が逆転した世界があっても何の不思議もないのではなかろうか。つまり『双生児』における世界は、分岐により逆転してしまった歴史が共存する「歴史逆転世界」であり、多世界解釈の世界すらもすべて共存し得る「マルチタイム・ワールド」と解釈できるのではないか。
 そうなると、先に解釈したジャックやアンジェラの並行世界に関する能力も、異次元を移動するほど大げさなものではなく、自らの現実認識をスイッチすることで、同時存在している任意の並行世界を「知覚」できる、という能力なのかもしれない。

■J・L・ソウヤーの分裂(セパレーション)
 そのようにして、アンジェラが任意の並行世界を「知覚」できるとするなら、自分が生まれていなかった世界をも「知覚」でき、スチュワートと会うこともできるだろう。一方、ただひとつの「現実(スチュワートの世界)」を生きているスチュワートの側は、その世界に存在し得ないアンジェラを(アンジェラの側からの干渉なしには)「知覚」出来ない。
 さて、同じ母親、ビルギットから、同じ誕生日に生まれたアンジェラとスチュワートが世界をまたいだ双生児なのではないか、という指摘は大森解説でも提示されている。しかし、そこまで考えるなら、その世界をまたいだ双生児はこの二人だけなのだろうか、という疑問も生じうる。
 即ち、ジョーとジャックもまた、単なる一卵性双生児ではなく、実は「J・L・ソウヤー」という同一人物と考えることはできないだろうか。
 この場合、例えば(これまでの考察から推論すると)ジャックが(本人は気付いていないが)並行世界を認識できる能力を持っていたとして、その能力が常に働いており、生まれてから死ぬまでの間、並行世界のもう一人の自分を「知覚」し続けているのだが、自らの特殊能力に無自覚なために、その「もう一人の自分」を一般的な常識に照らして「一卵性双生児」と認識していた、という解釈はあり得るかもしれない。
 そう考えるなら、チャーチルの言葉とされる「英国空軍爆撃機の操縦士でありながら、同時に良心的兵役拒否者だったJ・L・ソウヤー」という人物の存在についての「どうしてそのようなことが可能なのか」という疑問に対して、この解釈はひとつの解答を提示しているのではないかと思う。
 逆に考えれば、第一部において上記の「チャーチルの疑問」を提示してあること、および原題である「セパレーション(分裂)」は、この『双生児』の世界構造を解き明かすための最大のヒントだったのかもしれない。