二人称SFの双璧!?2019年03月23日 09時12分54秒

 いきなり何を、と思われると恐縮だが、今頃になってキース・ロバーツの長編『モリー・ゼロ』を読み始めた。といっても専門の論文なら読み流せるが、技巧派と言われるロバーツの独特の文章をペーパーバックで読み流せるほどの英語力はないので、数ページ先読みしては、愚直に日本語に訳してみている。
 
 読み始めてみると、中編版以上にモリーとリズのやりとりがかわいらしく、こういうのが自分にとっての「萌え」だよなあ、とか思ってみたり(笑)。
 
 ペーパーバックは、懐かしの南山大のファンジン「BABEL」に載った中編版を読んでヒロインのモリー(ファンジンの訳ではモーリー)のかわいらしさに感銘を受けたので、当時のSF研で洋書をまとめて発注していたのに紛れ込ませて入手した。
(ちなみに、手元にあるそのペーパーバックにはタトル・モリ・エージェンシーのスタンプがあったりする)
 
 実際訳してみると、登場する単語自体はシンプルなんだけど、同じ単語(funnyとかnearlyとかreallyとか…)がやたら出てきて、いろいろな意味で使われていたり、わからない名詞を「なんだこりゃ」と思ってググってみると地名、人名とか一つ一つの背景に英国の地理・文化・歴史などなどが根っこのようにずるずるでてきたり……
 なるほどこれは、チャールズ・プラットのインタビューで読者やレビュアーの教養の低さを嘆いていただけのことはある。まあ、本国の読者もついていけてなかったんじゃ、いたしかたない(笑)。
 
 そんなこんなでいろいろググっていた中、『図書室の魔法』『わたしの本当の子どもたち』のジョー・ウォルトンが2010年に投稿していたレビュウを見つけたので、こちらも読んでみた。
 同じ二人称SFとしてテッド・チャン「あなたの人生の物語」を引き合いに出していたり、ロバーツの話を直に聞いた、なんて話が出てきたり、ロバーツ愛が炸裂していたので、以下、試訳してみた。(意味、ちゃんととれてるかな…)
 
 そういえばSFファンダム小説『図書室の魔法』にもヒロインのモリが参加する読書会の課題図書として『パヴァーヌ』は登場するものの、なんだか扱いが素っ気ないな、と思っていたのだけど、これは実は、愛があふれすぎないように抑えていた、とか?
 ジョー・ウォルトンが『図書室の魔法』を上梓するのは2011年なわけだが、もしかして「Mori」は「Molly」だったりして…!?
 
※なお、レビュウのタイトルはヒロインのモリーがいた「ブロック」の幼稚園に掲示されている標語。作中のキーワードの一つ。
 
 
What do you think you should do?: Keith Roberts’s Molly Zero
Jo Walton 
Mon Mar 22, 2010 3:14pm 
 
 『モリー・ゼロ』(1980)はとても奇妙な本だ。わたしはこの本を印刷物として目にして、うれしく思っている―Wildsideはすばらしい仕事をしているプリント・オン・デマンドの小規模出版社だ。『モリー・ゼロ』はディストピアとなった近未来の英国を舞台とする。これは、一人の少女の物語だ。ヒロインの名前「モリー・ゼロ」をタイトルにしていて、彼女は「ブロック」で、他の子どもたちや教育担当の参謀官たち、そしてコンピュータに囲まれ、ごく限られた範囲より向こうにあるものは何も目にすることなく成長する。彼女はまた、定常的にテストされている。6歳の時、彼女は「あかはよい、みどりはわるい」と「みどりはよい、あかはわるい」の二択を選ばなくてはならない。間違った選択をした子どもたちは姿を消す。どこかに行ってしまい、彼女たちのベッドは朝には空っぽになっている。そして16歳の時、モリーは逃亡し、より進んだテクノロジーのちょっとした残滓を除いては、人々がまるで1950年代にいるかのように暮らしている、飛び地に分けられた国土を見つける。彼女は普通の人たちと暮らし、ジプシーとともに旅し、現状を変えようとするテロリストグループに身を投じる。読者とモリーは少しずつ、その世界と、そこで何が起こったのか、そして、彼女に何が期待されているのかを学んでいく。
 
 この本でもっとも奇妙な点は「二人称で書かれている」ということだ。
 
 あなたはコートの中で震えている。素敵なコートだ。おろしたてで、オリーブグリーンのマックコート。ベルトはきちんと締めて、襟は立てて、すごくミリタリーな感じ。そのコートがあなたをシャキッと見せてくれてはいるけど、震えを止めることはできない。あなたは両手のこぶしをポケットのずっと奥までつっこんで、肩を丸めている。心配なんて何もいらない。これはただの「分散」。みんなの身に起こること。あなたは自分に言い聞かせるが、それもあまり救いになってはいない。あなたはモリー・ゼロ。死におびえている。
 
 あなたが上に引用した段落を苦手に感じるなら、この本も苦手だろう。なにしろ、この本はぜんぶこんな調子なのだから。わたしには、ある種の人々がこういった文章を読むと「だめ、わたし絶対読まない!」と言うだろう、とわかっている。ロバーツは英国のニューウェーブ作家の一人で、彼の著作の多くは、意図的にスタイルで「実験」を行なう。この二人称は単なるギミックにもなりうるが、そうではない。これには積極的な目的がある。あなたは長い間見過ごしているのだけれど。わたしは普段はこの手のギミックを好まないが、『モリー・ゼロ』「あなたの人生の物語」はほんとうに、わたしにとっては「その手法がどんな風に自分に響いてくるのか」について考えることができた、たった二つの作品だ。『モリー・ゼロ』が一人称とか三人称とかになったら、まったく違った本になることだろう。そう、あなたが創作に興味があるのなら、この作品の段落を一組くらい別の人称にひっくり返してみること、そして、それが作品の感情面でのトーンをどのように変えるのかを体験してみることは、とてもよい勉強になってくれることだろう。キース・ロバーツは1988年に、彼がこの作品を二人称で書き始めたのは、その初期アイデアがさながら一本の映画――すべてのビジュアルと背景を含め――として得られたもので、なおかつ、彼が、映画というものはどのようにして書かれるものなのか、をイメージしてみたからなのだ、とわたしに語ってくれた。そうして彼は、ひとたびこの作品で「やれる」と感じたことに取り組み始めたら、他のどんな方法もイメージできなくなったのだという。
 
 その世界について浮かんでくる疑問の数々は興味をそそるものだ。もし、その種明かしの数々がとても信じられないものでも、こういったことはディストピアにおいてはそれほど珍しいことではない(1980年においてすら、わたしたちは計画経済が問題山積なのを知っていた)。わたしたちがある状況の中で、モリー、彼女自身に寄り添ってみることができた時、この本は、そのベストの状態となる。--そして彼女は、おおよそどこにいても満足することはできるが、どこにいても、本当の意味では幸せではない。ブロックでも、わら人形を作っている海辺でも、ジプシーといっしょにいても、テロリストと共にあってさえも、彼女は愛すべき人々や、宝物になるささやかなものごとを見つける。わたしたちはこういった世界について、モリーの目を通してーーきわめて英国的なものが、その田園的なディストピアを作り上げていくにつれてーーそれらの価値を認められるくらいに、存分に体験する。そして、わたしたちはモリーについても多くのことを学ぶ。たとえ、二人称であっても、さらには、彼女がとても受動的で、いつも他の誰かのアクションに振り回されているのだとしても。
 
World spoilers(*):
 これが普通の本だったら、ブロックがーー国を動かす意志決定を下すべきエリートとなる子供たちを連れてくることによってーー「誰が支配をするのか」を決めていこうとしている、という真実をモリーが見つけていく、というような作品になっていただろう。おそらく、「「それ」が「よい考え」なのかどうか」という疑問を読者に問いかけるような、もうひとひねりくらいは加えて。-ーその手法、例えば『The Price of Spring』は、読者に「それ」の厳しさを実感させるが、同じ4部作(**)の始まり『A Shadow in Summer』では「それ」は現実的に「正しい」ことなのだとされている。そう、ついでにいえば『サイティーン(Cyteen)』(C・J・チェリィ)もそんな作品だ。しかし、モリーが「それ」を見つける一方で、その時までには、彼女は、自分があまりにも「操作」されていた(すべてのことが、ずっと「操作」や選択を仕向けられたものだった)ということで、すっかり解離状態に陥ってしまう。ーーこの本の結末に向けて、モリーが自身の核を失なうにつれて、二人称は、夢のような、不気味なものになってしまうのだ。わたしは、この本の序盤は別の形式でも書かれうると思う。しかし、あなたがこの二人称に安心し、なじんできているからこそ、その結末は、あなたを予想もしなかったところに連れていけると考えている。あなたには、「それ」を「よい考え」だと考えたり、あるいは、なんとなくでも「正しい」と思っている暇はない。そう、それらの解釈はまったくもって間違っている。
 
 さらにいえば、本書は政治的な書物ではなく、物語、もっとオススメされるべき物語としてここにある。ひとたび、あなたが奇妙な二人称に慣れてくれば、本書はとても読みやすく、キャラクターたちは(ロバーツ作品ではいつもそうであるように)魅力的だ。
 
<訳注>
*:以下で比較している作品群のことか、「ネタバレ注意(Spoiler alert)」の意味を含む?
 
**:ダニエル・エイブラハムの『Long Price Quartet(4部作)』の4冊目。1冊目が『A Shadow in Summer』。文脈から、『サイティーン』のような作品なんでしょうか…