【私家版】細かすぎて伝わらないこの世界の片隅にの好きなシーン2017年04月29日 12時17分31秒

 twitterの『この世界の片隅に』応援トレンドとして「#細かすぎて伝わらないこの世界の片隅にの好きなシーン」ハッシュタグに投稿したツイートがちょっとたまってきたので、自分のツイートをまとめてみた(若干の所感や背景も追加コメントを入れてみた)。

■波のうさぎを描くシーンで、松の枝、松の葉、地面の草まで風で揺れてる。 宮崎駿が『トトロ』で当時やりたかったけどできなかったと言っていた描写はこういう感じだろうと思った。

(所感)『となりのトトロ』ロマンアルバムのロングインタビューでは、宮崎駿が木の葉や草の葉が風で揺れる様子まで描き込みたかった、という趣旨の発言をしている。次作『魔女の宅急便』では冒頭から草原の草が風にそよいでいるが、その演出を担当したのは若き日の片渕監督であろう。
 該当のシーンでは、本当に細部まで風で揺れている。アニメ撮影がデジタル化される前ではここまで手間をかけた動かし方はできなかっただろう。

■里帰りした浦野家で、すずさんの昔の習字や絵が壁のつぎあてに使われてるが、チラッとしか見えないけど、ふすまに貼られてる(ちゃぶ台のお父さんの後ろあたり)のはたぶん「ばけもん」の絵。もしかして後のばけもん=鬼イチャンを暗示?

(所感)絵コンテでは該当の「ばけもん」の絵は半分くらいに切られて壁の方に貼られているので、本編で「鬼イチャン」がいるべき位置の近くに「ばけもん」が配置されたことには何らかの演出意図があると考えてよいのではないか。

■原作ではわかりにくいけど、映画ではユーカリの樹皮が剥けて幹が木肌の色になっているところ。ユーカリの特徴ですね。

(所感)原作では意外とユーカリの登場箇所が少なく、また白黒なので幹の状態まではわかるシーンがない。このあたりは映画にする段階でしっかり考証されているのだろう。
 このユーカリについては別エントリにもコメントしました。
http://k-takoi.asablo.jp/blog/2017/01/28/8338051

■「自慢の竹槍があるじゃないですか」のやりとりの後ろで「あ〜、すずさん、またやらかしちゃった」という感じの顔してる晴美ちゃん。

(所感)まるで姉妹のように生活してきた二人のこれまでが窺い知れる演出。それだけにこの後の展開が…(涙)。

■空襲警報の中3人逃げている人影の1人が転ぶ時に女性の「きゃ」という声が小さく聞こえた。朝すれ違った挺身隊の子たちなんだと気がついたら涙が…

(所感)昨年12/3に片渕監督が浜松に来られた際のトークショーで、呉の報国隊の少女たちを作品の中に登場させて欲しい、という要望があり、物語の中で自然に登場させられるシーンとして、3人が病院に向かう朝の駅前を設定したとのこと。ここで彼女たちがうたっている歌は「悲しくてやりきれない」と同じサトウハチロー作詞の歌を選んだとのこと。
 なお、映画を観た呉の方の中からは、あの女の子たちを当時見た、というコメントもあったとのこと。

■アニメ版だと、慟哭の後、畑に咲いている花は晴美さんとの想い出の暗喩になっていることに7回目でやっと気づいた。
 右手が現れるシーン(原作から改変)の前に入る回想シーンともつながりますね。

(所感)ここは映画のオリジナル。周作が電話ですずさんを呼び出すシーンの前に、映画ではすずさんと晴美ちゃんがカボチャを収穫し、そのカボチャに晴美ちゃんの顔を描いている。
 慟哭のシーンの台詞の改変はよく語られているが、原作では慟哭しているすずさんの頭を右手が触れた後、枯れていたカボチャに花が咲いており、「右手の奇跡」?を思わせるが、映画では慟哭から顔をあげてカボチャの花を見て、夕食でいっしょに魚の絵を描いた晴美ちゃんを思い出したところで、いたわるように右手がすずさんのあたまをなでていくという演出になっている。

■鬼イチャンの南洋冒険記を描く右手が持っているチビた鉛筆には「ウラノ」の名前が(三文字全部は見えてないけど)。

(所感)これは原作準拠ですが、いずれにしても細かいですね。

■里帰りの時に産業奨励館をスケッチして自分の姿を書き加えたすずさん、後に焼跡に来た時の構図がそのスケッチと同じになっている。さらに、右手がヨーコ親子を描き出した構図も同じ。
 右手の描いた絵で、母親はヨーコと左手をつないでいる。そして実は、焼跡のすずさんから見て左手側に、ヨーコらしき孤児が既に描かれている。

(所感)晴美ちゃんと左手をつないでいれば、というのはすずさんが「選ばんかった道」、母と左手をつないでいたヨーコはその道の象徴か。この点についてはスガシカオさんの考察が深いです。
https://ameblo.jp/shikao-blog/entry-12228363796.html

■自分のモガ時代の服は物々交換に出したけど、「晴美の去年の服」は残していた径子さん。

(所感)その大事な形見の服を躊躇なくヨーコちゃんにあてがおうとする径子さんが好きです。

■ラストシーンの北條家の俯瞰でユーカリの木がもうない。劇中では端折られてるけど一月遅れの迷惑な神風の名残かな。(絵コンテには「崖崩山もだいぶ片付いている」との説明あり)

■映画では割愛されている円太郎父ちゃんの資材横領クワ(笑)がEDでしっかり実用に使われている。

(所感)この2件は割愛された台風が起こっていたことを示すもの。因みに、原作では台風の中すみちゃんの手紙を届けに来る郵便配達の女性は円太郎さんの無事の知らせを持ってくるシーンで出てきてますね。

■口紅で描かれた、幼いすずさんとリンさんが手をとりあって遊ぶ情景、あれは現実には交わされることのなかった「明日の約束」だったのでは。

(所感)これは原作の「りんどうの秘密」にはない。『マイマイ新子と千年の魔法』を再見して、上記の考察に思い至った後は、このシーンで涙が止まりません。冒頭のタンポポと「明日の約束」は二作を地続きに感じさせる象徴と思います。

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