2015年8月に読んだ本2015年09月04日 05時02分07秒

 7月とうってかわっていろいろ読んだ。マンガの新刊もいろいろと重なった。
 あと、文庫になったプリースト『双生児』も読んだのだが、上下巻で月をまたいでしまったので、これは別エントリでコメントしたい。

■麻生みこと『海月と私』4巻 講談社アフタヌーンKC
 鄙びた割烹旅館を営む主人公のもとに有能な仲居としてころがりこんだ謎のヒロインをめぐる物語の最終巻。3巻までの人情話とはうってかわって、予想以上に殺伐とした展開(笑)で、やはりこれは著者のヒットシリーズである、極貧弁護士をヒロインとしたコメディ裁判劇『そこをなんとか』で培われた要素が反映されてるんだろうなあ、と思った。まあ、ハッピーエンドではある。

■永野護『ファイブスター物語』13巻 角川書店100%コミックス
 装丁、体裁は、エピソードごとに再編集したリブート版コミックスの出版がなかったことであるかのように(笑)、12巻までの既存コミックスに連なる普通の13巻。
 …という見た目とは裏腹に(連載時にもさんざん話題になった通り)12巻までの世界設定、メカニック設定がなかったものにされており(笑)、ストーリーは前巻から続いているのに、用語、メカニックデザインが一新されているので、脳内変換にちょっと時間がかかる(笑)。とはいえ、ロボットのデザインは一新されているものの、キャラクターは同じなので、変換のこつ(笑)をつかめば普通に読める。
 内容面では、本作の魅力の一つではないかと思っていた良い意味での酷薄さがけっこう薄らいで、なんか、登場人物がみんな優しい扱いを受けている印象。そこそこ歳をとった作者の心境の変化か、あるいは、ちょっとまとめに入ったとか?(といっても、まだまだ魔導大戦だけでも話は終わりそうにないが(笑))

■上橋菜穂子『鹿の王(上)—生き残った者—』 角川書店
■上橋菜穂子『鹿の王(下)—還って行く者—』 角川書店
 『守り人』シリーズなどでならした著者の面目躍如的なファンタジー風味の世界設定の中で展開される、謎の伝染病をめぐるバイオSF。パンデミックを食い止めようとする医学者たちのドラマは現代の細菌・ウィルス学の知見をベースにしており、納得感がある。多国間の複雑な政治情勢を背景にしたポリティカルフィクションでもあり、バイオテロの真相に徐々に迫って行く展開はミステリ的にも読める。
 とはいえ、1100ページの中に、設定もキャラクターも盛り込みすぎなので、全編駆け足でどんでん返しの連続でめまぐるしい印象だった。全10巻くらいのシリーズを構成できるアイデアとキャラクターを惜しげもなく投入している、といえなくもないが、どんでん返しがひねられすぎて、最後の方になると「この人物はどこからどこまで把握してる人だっけ?」と、ちょっと迷う感じもしたので、むしろ全10巻くらいのシリーズとしてじっくり読みたかった感じもした。
 あと、ネタバレ防止で詳しくは書かないけど、ラストの救済劇にはちょっとファーストガンダムの最終回が連想された。

■七月鏡一・早瀬マサト『幻魔大戦Rebirth』2巻 小学館少年サンデーコミックススペシャル
 WEBで連載中の『幻魔大戦』正統続編の2巻。オリジナルの石森章太郎の画風を現代的に緻密に進化させたかのような作風は今回も健在で、画面ではなく紙のコミックスで隅々まであじわいたい。(その意味では、もうちょっと大判のコミックスの方がいいかも)
 オリジナルの『幻魔大戦』のニューヨーク決戦を再現しつつ、新たな展開へ。そして、ラストに意外な「あの超能力者」の登場をもってくるあたりがこころにくい。月が落ちてこないよう引き続き応援しよう。

■西加奈子『サラバ! 上』 小学館
■西加奈子『サラバ! 下』 小学館
 和製『ガープの世界』か、(作中での重要アイテムでもある)『ホテル・ニューハンプシャー』か。イランやエジプトといった異国の空気感を感じさせるディティールの描き込みからふしぎなリアリティが感じられる。上巻はちょっと物語の勘所?が飲み込みきれない感じでゆっくり読んでいたけど、下巻に入ってからは主人公と奇妙な姉をめぐる物語の起伏の大きさに思わず一気読み。
 村上春樹の場合は『羊をめぐる冒険』あたりで、ご本人が「アーヴィングの影響をうけた」といっても、物語が長くなった以外にはあまりアーヴィングっぽくなかったと思ったのだが、これは現実の世界情勢や、高度成長から現代に到る日本の社会情勢を背景に「アーヴィングっぽい物語」をねらって、しっかり成功していると思った。

■施川ユウキ『バーナード嬢曰く。』2巻 一迅社REXコミックス
 本を読まずに読書家を気取りたい「バーナード嬢」をめぐる「読書家あるある」コミックス、まさかの2巻。全体にノリがよくなって、前巻よりパワーアップしている感じ。バーナード嬢に奇妙な友情を感じ始めているイタイSFマニア神林しおりがほほえましい(笑)。

クリストファー・プリースト『双生児』2015年09月17日 12時49分51秒

 クリストファー・プリーストは大学1年の時に当時のプリースト作品としては注目度No.1の『逆転世界』がサンリオSF文庫から出て、これは面白さに夜を忘れて一気読みした覚えがある。その後、当時出版されていた『スペース・マシン』『ドリーム・マシン』『伝授者』と読み進めた。その後、翻訳出版的には流れが止まっていた感じがあったが、映画化もされた『奇術師』がハヤカワ文庫FTから出たあたりから流れが変わり、『魔法』の文庫化、この『双生児』の出版でSF読者内にとどまらない読者を獲得し、「語り/騙り」のテクニックを駆使する「信頼できない語り手」として評価が定着した感がある。
 そんな中、その『双生児』だけを読み漏らしていたのは怠慢と言う他ないが、今回文庫になったのを機に、読了。翻訳ものの小説でページをめくる手が止まらず(ほぼ)一気読みというのは読書速度ののろい自分としてはなかなかないのだが、あらためて、これだけの作品を未読のままにしていたことを深く反省した次第。読み始めると止まらないので休日一気読みを推奨したい。

 さて、「信頼できない語り手」として著名ではあるものの、このキャッチフレーズ(一種のレッテル?)はあたかも難解な小説ばかり書いているようなイメージを付与していないか、とも思った。というのは、本作を読んで、プリーストの魅力はまず第一にはストーリーテリングにあることを改めて実感できたからである。
 連作短編集『夢幻諸島から』のような作品なら、序文からして「信頼できない」ことを暗示し、個々の短編間の微妙な不整合から作品の「信頼できない」側面が比較的「わかりやすい」が、他の作品では、それなりのボリュームのある長編の後半あたりから「騙り」の「仕掛け」が徐々に明らかになってくる。実はその「仕掛け」の有無にかかわらず、プリースト作品は、まだ整合性がとれている段階でのストーリーそのものが面白い。それだからこそ、単独では「整合性のある面白い物語」の間の微妙な不整合と思考のゆらぎを「騙り」として楽しめる。つまり、一流の「騙り手」はまず第一に一流の「語り手」なのだなあ、と改めて思った。

 基本設定は、英国からベルリンオリンピックのボート競技に出場した経歴を持ち、イニシャルは同じJ・L・ソウヤーである双子の青年のそれぞれが、空軍のパイロット/赤十字の職員として自らの意図せぬままに歴史の趨勢に関与していく。
 空軍パイロットのジャックを主な語り手とした上巻では、「信頼できない」要素は皆無ではないもののおとなしめであり、ジャック本人の視点からの物語にはあまり不安定感はない(と、思っていると実は…というのは一度読了した後のお楽しみ)。まずは「第二次大戦を背景にした、とある双子の確執」という主筋そのものの面白さに単純にひきこまれる。
 一方、赤十字職員のジョーが語り/騙り手となる下巻では、ジョー本人の視点での物語そのものが一定した現実に留まることがなく、ジョーの体験する悪夢のような主観的タイムスリップ?の描写がスリリング。たびたび分岐点に戻って語り/騙り直される現実の不安定感の描写は、最近読んだ中では、『泰平ヨンの未来学会議』の幻覚世界の描写とも、ちょっと通じる要素があると感じた。その不安定感がラスト3ページで極限に達する結末の緊張感はプリースト作品でも随一ではないかと思う。

 あり得たかもしれない歴史の交錯、という物語構成は広瀬正『エロス』を連想させるが、ラストで分岐した歴史の真相が明かされて物語が収束する『エロス』と比べると、作中の手記、文書の語り手が誰一人信用出来ないので、分岐した歴史がちっとも収束しないのは流石のプリースト品質。傑作。