『この世界の片隅に』次に観る一本2017年01月18日 05時37分46秒

 最近、読書会イベントにたまに参加してみるようになったが、読書会の〆に「次に読む一冊」を語り合うことが多い。もともとはミステリ読書会の方で行われていたものだが、いかにもな作品から意外な作品まで挙がることがあり、読書会をきっかけとした読書ガイド、という(おそらく本来の)位置づけを超えて対象の本への議論がより深まる議論になったりすることもあって、これは面白いなあ、と思っていた。
 ということで、今回はアニメ『この世界の片隅に』の次に観る一本をいろいろな切り口で考えてみたい。あ、タイトル通りの「一本」に収まらないのはご勘弁下さい(笑)。

◼︎『小さいおうち』山田洋次監督作品 2014年
 言わずと知れた直木賞受賞作、中島京子『小さいおうち』の映画化。戦中の時代に家政婦として働いていたヒロインがノートに書き綴った当時の記憶、というコンセプトは共通しており、ヒロインの親戚にあたる現代の大学生が持っている「悲惨だった戦中の時代」という固定観念とは裏腹の、当時の東京中流家庭の普通の日常が描かれる、という作品コンセプトに『この世界の片隅に』との共通点を感じる。
 原作ではヒロインが料理研究家として名を成していて編集者からのオファーで自伝的な覚書を書き始める、という設定があったり、百合的な要素がけっこう色濃かったり、いろいろあるんだけど(原作の手記部分の長さやボリュームが「元家政婦の老婦人」が書くには内容がしっかりしすぎてるので、そこに説得力をもたせるための設定かもしれない)、映画版はシンプルに「一家政婦が見た奥様の秘密の恋」に内容を絞っていて、戦中の市井の人々の日常にフォーカスした本作の映像化としては正解という印象。

◼︎『紙屋悦子の青春』黒木和雄監督作品 2006年
 特攻で出撃することが決まった青年がほのかに想い合っていた女性のもとを訪れる、というシチュエーションから連想されるのは、普通は戦争の悲惨さと悲恋のロマンス、泣ける反戦映画、などではないかと思われるが、それをきれいに裏切ってくれる秀作。
 ここで描かれるのは、戦時下で物も足りないながら、笑いの絶えない普通の人々の日常であり、その一員であったはずの一人があっさり姿を消すことで、逆説的に戦争の理不尽さを実感させる。
 余談としては、ヒロインの原田知世がラストで老婦人になって登場するのだが、どんなに老けメイクをしても原田知世は年齢不詳なのであった。

◼︎『ペコロスの母に会いに行く』森崎東監督作品 2013年
 認知症の母親の介護生活を綴ったエッセイコミックの映画化。舞台が長崎であり、認知症が進んで若い頃の思い出をもう一つの現実として生きる老婦人を通して、姉妹のように育った幼馴染を襲った原爆とその後の運命が浮かび上がる。これもまた、介護や戦争と言ったテーマを日常という切り口でコミカルに描いた秀作。
 老境のヒロインを赤木春恵、若い頃のヒロインを原田貴和子が演じ、姉妹のように育った幼馴染を実の妹である原田知世が演じる。この二人の関係が、『この世界の片隅に』におけるすずさんとすみちゃんのようでもあり、さらには…。

◼︎『となりのトトロ』宮崎駿監督作品 1988年
◼︎『火垂るの墓』高畑勲監督作品 1988年
 片渕監督と関係浅からぬ両監督の、今さら紹介するまでもない代表作。
舞台となった時代の点でも、内容の点でも、『となりのトトロ』と片渕監督の前作『マイマイ新子と千年の魔法』、『火垂るの墓』と『この世界の片隅に』を対応させることは容易にできるが、『この世界の片隅に』はすずさんの描く「ばけもん」に象徴される民俗的、幻想的要素で『となりのトトロ』の要素をも併せ持っているとも解釈できる。
 両作は同時上映であったが、どちらを先に観るかで映画館を出る時の観客の顔が対照的であったとはよく言われることであるが、『この世界の片隅に』を観た観客にはその心配は不要であろう。

◼︎『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』ラッセ・ハルストレム監督作品 1985年
 母親の入院で田舎に預けられた少年イングマルは心細さを感じると「宇宙で死んでしまったあのライカ犬よりはマシだ」と自分を慰めるのだが…。日本では1989年に公開され、当時から広告ポスターなどで『トトロ』と並び称されることもあったスウェーデン映画の秀作。舞台となった時代や子供の日常を描く暖かい視線には確かに共通点を感じた。
(両作の関係性について論じてみたことがあるのでご興味ある向きはご参照ください。→http://www.asahi-net.or.jp/~ug5k-tki/cyberit/others/mylife.html
 片渕監督もかつてtwitterで本作のファンであることをつぶやかれていたことがあったが、前作の『マイマイ新子と千年の魔法』においては母がなく父娘で見知らぬ土地に越してきた貴以子と新子の関係は、原作小説通りではあるものの、イングマルとサガの関係を連想させるところがある。
(こちらについても過去に比較してみたことがある。→http://www.asahi-net.or.jp/~ug5k-tki/cyberit/ps/ps45.html
 さらにいえば、見知らぬ土地に嫁入りしてきたすずさんが内心感じていたであろう孤独感という点では、『この世界の片隅に』にも『マイライフ~』的な要素はあるように思う。イングマルにとっての「犬」とすずさんにとっての「絵を描くこと」も呼応しているといっていいかもしれない。

◼︎『ミツバチのささやき』ビクトル・エリセ監督作品 1973年
 寡作で知られるスペインの映画監督ビクトル・エリセの初長編作品。内戦の傷痕の残るスペインの田舎町で映画『フランケンシュタイン』を観た少女アナが、姉のイサベルの嘘~あの怪物は精霊で呼べば現れる~を信じたことをきっかけに体験する現実と幻想、子供の世界と大人の世界の交錯を描く。
 この作品を挙げることを意外に思われる方もおられるかもしれないが、実はBGM集を聴いていて強く連想したのが『ミツバチのささやき』。そう思ってから改めて映画を観ると、劇伴の曲の雰囲気や映画の中での使い方に共通項があるように思われてきた。
 片渕監督がこの映画のファンであり、前作の『マイマイ新子と千年の魔法』には『ミツバチのささやき』リスペクトな蒸気機関車のシーンがあること、片渕監督が音響監督も兼務していることなどを踏まえるなら、あながち外れていないように思うのだが、どうだろうか。
 もう一点、映画全体を通して観た時、その構造が緊密に組み上がっており、不要なシーンがなく、画面に映っている物の一つ一つに何らかの意味が見出せる、という映画の質感の点でも、共通点があるように思う。
 また、『ミツバチのささやき』は少女アナの通過儀礼を描いた作品であると論じられることが多いと思うが、映画『この世界の片隅に』は、原作よりすずさんの「少女性」を強調することで(原作者のこうの先生はすずさんを年齢なりの「大人の女性」として描いたとのことで、パンフレットなどで、この相違についてコメントされている)、すずさんが大人になる過程を描く通過儀礼テーマを内包する作品として再構成されている。片渕監督の劇場作品『アリーテ姫』『マイマイ新子と千年の魔法』も通過儀礼テーマであることを考えるなら、概ね原作マンガを忠実にアニメ化していながらも、この部分には片渕監督の共通のテーマ性が表現されていると思われる。

◼︎『エル・スール』ビクトル・エリセ監督作品 1983年
 10年に一度しか作品を発表しないといわれていたエリセ監督の第二作。幼い頃からお父さんっ子だったヒロイン、エストレリヤはある日、父親の過去の秘密を知ってしまうのだが…。こちらもまたスペイン内戦の影響が色濃く、やはり通過儀礼テーマの作品でもある。
 本作は、本来は父親の過去を訪ねる南(エル・スール)への旅にヒロインが出発するところで映画が終わるが、実際には旅した南での部分まで撮影はされていたとのこと。ヒロインが旅立つシーンで映画が終わるのは、初見ではやや唐突感はあるものの、南での旅の描写がなくとも緊密な構造でテーマを表現し切った作品になっているあたりはさすがのエリセ監督の職人芸といえよう。
 『この世界の片隅に』においても、原作の膨大なエピソード、情報量を120分では表現し切らず、原作では重要なあるエピソード群を潔いほどばっさりカットしてある。このことが、前述した「すずさんの少女性」を強調する効果ももたらしているため、ファンの中でも、このエピソード込みの完全版?を期待しつつ(実際、30分追加版の制作を視野に入れつつあるとのプロデューサーの意思表示が既に出ている)、とはいえ、現在公開版の緊密な構造やテーマ性が変わってしまうのではないかと危惧する意見も一部あるようである。
 しかし、エリセ作品との共通項、という観点で考えてみた場合、追加されるのは「すずさんが夫の秘密に気づく」ことを軸とするエピソード群であり、これは『エル・スール』におけるヒロインの通過儀礼と近いと言えるように思う。上述した片渕監督の作家性も考えるなら、現行版のテーマ性も継承しつつ、150分版を再構成してもらえるものと期待したい。

コメント

_ SK ― 2017年01月22日 00時54分39秒

「二十四の瞳」もどうでしょうか。
時代設定もほぼ重なってますし、瀬戸内という土地柄も近いですし。
あと、大石先生と生徒たちの年齢が、すずさんと晴美さんの年齢に近いですし。
大石先生の職業生活を描いた点と、すずさんの日常生活を描いた点とで違ってますが、上記の点で共通するところが多いと思いました。
実写を見ることで、実際の時代の感覚みたいなものを、想像できるのではないかと思いました。

_ たこい ― 2017年01月22日 04時37分08秒

コメントありがとうございます。
瀬戸内の風景は独特のものがありますよね。太平洋岸で育ったので、実際に見ないと実感できないものがあるなあ、と、思っています。
去年、公開前に呉、広島を訪ねて来ましたが、近いうちに再訪したいです。

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