クロノス・ジョーの伝説 もしくはジョー・L・ソウヤーの軌跡(時間SFとしての『双生児』)2015年12月20日 09時40分31秒

 前回は『双生児』を「歴史改変SF」として読む場合の構造を解析してみた。
 一般に「歴史改変SF」は現実の(読者にとっての)歴史と異なる世界を描き、その落差を読ませることを主眼としており、その面白さは、何を歴史改変のキーにしたか、その結果、どういう世界が出来上がったか、というあたりが物語の肝となる。
 その例として最も魅力的なのはキース・ロバーツ『パヴァーヌ』あたりではないかと思うが、前回例に挙げた『高い城の男』なども、基本的な物語は「改変された側の世界」でのみ進行する。
 『双生児』の場合は読者の知る歴史に準じたジャックの世界の記述が多いため、一見、二つの歴史が並行して語られていると読めるが、そういった構成の歴史改変SFも過去にあり、例えば、広瀬正『エロス』は分岐した世界を一章ごとに交互に語るという構成である。
 とはいったものの、これまでの歴史改変SFの特徴としては、改変された世界同士は基本的には分岐した並行世界であり、直接的、物理的には交錯しない、という特徴はあるように思う。『双生児』を歴史改変SFとして解析した時に、その解析から外れてしまうポイントというのは、交わらないはずの並行世界の交錯を示唆している部分、と、考えることができる。
 それらの要素が成立するためのロジックをいろいろ考えてみると、これまたいくつかのロジックが浮かび上がってくるのだが、その中でも、ウェイトの大きいものとしては、「時間SF」としての要素ではないかと思う。「歴史改変SF」も広義には「時間SF」のサブジャンルだとは思うが、ここでは、タイムトラベル、タイムスリップを行なう登場人物をキーとするものを狭義の「時間SF」としておく。
 『双生児』においてはジョーが、本人の主観においては頻繁にタイムスリップを行なっているが、このタイムスリップが、単なる主観の妄想ではなく、世界に痕跡を残しているように見受けられる。

◼︎ジョー・L・ソウヤーの軌跡
 ということで、第五部で語られるジョーの物語をタイムスリップ描写込みで追跡してみる。

・1940年4月
 ビルギットがグラットン夫人とハリーの助力を得ている。
 ジャックの夢?をみて電話してみるが本人に繋がらず。

・1940年5月
 赤十字に。アリシアが上司となる。
 ジョー、暴行を受ける。

・1940年6-8月
 赤十字の活動でロンドンへ。
 8/15帰宅時に自宅でジャックの制帽を発見。

・1940年11月(A:確実な一点)
 ジョー、空襲に遭い1週間行方不明後発見。
 フィリーダとケンにより救急車で搬送。

→列車で自宅に戻る。
 ジャックと出会いAに戻る。

A→救急車で自宅に戻る。
 ビルギット妊娠2ヶ月。(B)

→制服を発見。
 ジャックと出会いBに戻る。

B→赤十字のメンバー飛行機に搭乗。(C)
 パイロットがジャックでCに戻る。

C→リスボンに到着。
 和平交渉進行中。
 ルドルフ・ヘスと対話。

・1941年4月
 ジョー自宅に戻る。
 ビルギットはグラットン夫人とハリーの世話を受けている。
 爆撃機が来る。(D)
 マンチェスターに爆撃あり。ハリーと会話。Dに戻る。

D→マンチェスターに爆撃なし。
 ビルギットと不和。
 リンカーンシャーへ。(E)
 バーナムでジャックと会う。Eに戻る。

E→ジャックと会いまたEに戻る。

E→ジャックに会いに行かないことを選択。
 赤十字メンバーとともにチャーチルに会う。
 会議でチャーチルを説得する。
 ジョー、精神科医の診察を受ける。
 ストックホルムへ。
 ヘスと対話し、側近となる誘いを受ける。
 チャーチルが到着し、和平交渉団の写真撮影あり。
 チャーチルと対話。ベルリン駐在の誘いを受ける。
 ジャックの爆撃機墜落。ジャックともう一人生存の報あり。
 帰国して自宅へ。スチュワート誕生している。
 泥酔してジャックの幻? Aに戻る。

◼︎時をかけるジョー!?
 ジョーのタイムスリップ能力は精神的危機?に遭遇した際に、セーブポイントと呼ぶべき1点に戻ってやり直す、というもので、複数回の体験を経て、ある程度自分でコントロールできるようになった後、決定的な一点に戻って物語が終わる、という点では『時をかける少女』的な推移を経ているとも言える。(とはいえ、そこまでコントロールしていたタイムスリップが誘発されるのを、最後は敢えて自ら選択している感じなのが、自暴自棄っぽく感じるが)
 作中の描写からすると、この能力が発現すると、ジョーは時間線を肉体ごと移動しているようにみうけられる。即ち、ジョーが時間遡行してしまうと、その世界からはジョーは姿を消している、ということになるかと思う。
 タイムスリップ体験記となっている「ジョーの自筆ノート」はジョーが「確実な一点(A)」に戻ったところで終わっており、筆者のジョーもそれ以上続きがない(書くつもりがない?)ことを暗示している。これはどう解釈できるのか?
 前回、物語構造解析で、外枠に当たる「スチュワートの世界」ではジョーは公式記録上、このAの時点で死亡しているという可能性を指摘したが、死んでしまっては手記を書くこともできない。
 つまり、「自筆ノート」筆者のジョーは、複数回のタイムスリップを経験し、和平交渉成立後にAに戻った後、死亡もしなかったが、もう一度和平成立の時間軸への接触は行わなかったのではないか?
 和平交渉成立の時間軸上、過去に遡行してしまったジョーは物理的に行方不明だろうし、あるいは、そのように姿を消した人物の存在に関して、世界の側に一種の修正作用が働き、その人物が最初からいなかったことになっているのかもしれない。
 前回も「ジョーの世界」は「スチュワートの世界」と違っている可能性を指摘したが、「自筆ノート」を書き終えた後のジョーの世界はどちらの歴史に向かったのか? ジョーがその後、和平交渉に関わる選択をしなかったとして、その世界はどうなるだろう。
 もし、彼がノートに記したチャーチルの説得が和平成立の必須要因の一つだとすると、そのアクションを行わなかったジョーは、和平が成立しなかった世界、つまり、読者の知る歴史の世界を実は生き延びていったのかもしれない。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://k-takoi.asablo.jp/blog/2015/12/20/7955434/tb