2015年10月に読んだ本2015年11月07日 15時35分36秒

 10月は思いのほか読書が進んだ。これが読書の秋の力か…(違)。

■伊藤計劃×円城塔『屍者の帝国』 河出書房新社
 出版当時、2/3くらいまで読んで、なぜかそのまま積んでしまっていたが、映画公開に合わせて読了(まあ、最初から読み直したけど)。
 スパイの活躍をメインに据えたアクションは円城塔の普段の作品との「作風」の違いを考慮すると、かなりがんばっている感じで、スチームパンクな雰囲気も含め読み応えあり。
 なおかつ、最後はちゃんと「自走する物語」的な展開で、「この二人の合作」の使命も果たされている感じ。
 因みに映画の方は、いろいろ設定を変える過程で「円城塔的な要素」は薄められた感じではあったが、スチームパンクで普通の人間と屍者が共存する社会のヴィジュアル化としては概ね大成功(一部、スチームパンク的には違和感のあるガジェットも散見されたけど)。映画向けに翻案されたストーリーやテーマにも一貫性、納得感があり、なかなか楽しめた。

■橋本直樹『ビールがおいしくなる話』 ウェッジ
 元キリン社の橋本氏による初心者向けビールガイドブックの今年の新刊。ウェッジの発行なので、全国津々浦々のキオスクにも置かれている。これまでの氏の著書の中でも、もっとも初心者向けに仕上がっている。初心者向けガイドだと、どなたが書いても取り上げる共通の話題があるものだが、そのあたりにも、既存の著書と差別化する要素も盛り込まれており、なかなか楽しめた。
 もともと、そのうち買うつもりではいたのだが、びあけん受験に向かう新幹線のキオスクで買って車中で半分以上読み進めたが、読んだ内容がけっこう出題の中にあって実用上の役にも立った(笑)。

■アンナ・カヴァン『氷』 バジリコ
 本文は文庫で読んだばかりなので、オールディスの序文を再読。こういう微妙な違いがあると、本がどんどんたまっていくんだな(笑)。

■アンナ・カヴァン『わたしは誰?』 文遊社
 著者の最初の結婚がモチーフらしい、ヒロインと倍ほども歳の離れた夫とのディスコミュニケーションの物語。熱帯気候の中、Who are you? と聞こえる鳥の声とねばっこい暑気の中、不和がエスカレートして行く。訳者後書きでもネタバレ規制されているので詳細は省くが、読んでいてちょっと「あれ?」と思う仕掛けがある。現実のゆらぎをこういう手法で表現したのか。
 熱帯地方を舞台にした若い娘の不幸な結婚は『愛の渇き』でも描かれているが、あちらはあくまでも「母親」の遍歴を描く作品の一部という位置づけだったので、本作の方が題材とテーマを「娘」の方にシンプルに絞っている点と、登場人物たちを一貫して冷徹に突き放したような描写で味わいはかなり異なる。
 ともあれ、これで本で出ているカヴァン制覇、と思ったら今月(2015年10月)また出るのね。

■東山彰良『流』 講談社
 ちょうど今年のSFセミナーで本作の話を聞いたばかりだったが、まさか半年もたたずに直木賞とは! 過去にも京フェスやセミナーのパネルでお話を聞いた作家の方々が後に受賞作家となったことはあったが、今回が最速受賞!?
 台湾を舞台に、戦争時代に秘められた祖父の過去と、その祖父が何者かに殺された殺人事件を背景に、主人公の数奇な人生を描く一代記。バイオレンス描写が多いが、基本構成は過去の謎を徐々に解いていくミステリの体裁に、隠し味程度のオカルト要素。ほぼ全編、人生の苦さを感じさせる中で、ささやかな幸福感の瞬間でしめるエピローグがうまい!
 しかし、中で出てくる小人の軍隊のエピソードがジョジョのスタンド(虹村形兆のバッド・カンパニー)っぽいな、と、ちょっと思ったのはナイショだ。

■北村薫『中野のお父さん』 文藝春秋
 北村薫の新作。女子大生が敏腕編集者になる一大クロニクルとなってしまい、流れ的に高度な文学ネタをメインに据えざるを得なくなった感じの「円紫師匠とわたし」では出来ない日常ミステリを新設定でリスタート、といった感じ。一編一編は短いながら、「空飛ぶ馬」的な話から、文学趣味の出た話まで、ショーケース的に楽しめる。
 とはいえ、さらっと読めるけど、一つ一つの作品に投入されているアイデアは星新一がショートショート一編書くのに費やしたレベルの労力はかかっていそう。その苦労を感じさせないところまで含めて、職人芸の域。
 それにしても、1作目に「覆面作家」っぽいネタを持ってくるあたりがあいかわらず人を食っている(笑)。

■上橋菜穂子『獣の奏者I 闘蛇編』 講談社
 ファンタジー的な世界観の中に蜜蜂飼育などの、その世界の想定技術レベルと矛盾しない技術を織り込んでいく手技がうまい。老いた教師が孤児を最強の教え子として育てる、というあたりは、なんとなく森薫『エマ』を思い出した。
 あと、好奇心旺盛なヒロインがナチュラルに仮説と検証を繰り返して新しい技術を獲得していく過程は、「科学の方法」と「教育」をエンタテイメントとして描く試みとしてもかなりうまくいっていると思う。

■上橋菜穂子『獣の奏者II 王獣編』 講談社
 一度可能になった「技術」は、仮に封印したとしても、ふたたび「発見」される可能性を排除することはできない。前巻では「知識」と「技術」をみつけていく「楽しさ」が主に描かれたのに対して、本巻ではそれらの「使い方」が社会に及ぼす影響力の大きさ、リスクが描かれ、苦さ、重さを感じさせる。
 最後が駆け足すぎるが、背景となる社会の生活水準と技術のレベルがマッチしており、いささかオーバーテクノロジー感のあった『鹿の王』よりこちらの方がバランスが取れていると感じる。
 知識欲と、技術開発とそれを使う人間の思惑、社会の矛盾など、あらゆる要素が絡み合いつつ、一つの立場に偏らずに、登場人物も感情豊かに活写しているのがすごい。秀作。

■吉住渉『ママレードボーイlittle』4巻 集英社マーガレットコミックス
 旧作の主人公カップルの結婚式がメインイベント。旧作の同窓会的でもありつつ、まだまだお子様な感じのヒロインが徐々に恋愛感情目覚めていく過程をほほえましく描く。旧作もそうだったが、恋愛関係の上で決定的な悪者がいない物語はたまに読むと癒される。

■那州雪絵『超嗅覚探偵NEZ 2』 白泉社花とゆめコミックススペシャル
 犬より優れた超嗅覚を持ちながら、人付き合いの悪さからペット探しの探偵を細々と営む主人公と、その同級生の刑事のコンビによるミステリ仕立てのシリーズ。まさか続いていたのか、という感じのお久しぶりの2巻。
 犬以上の嗅覚、というだけなら「超能力」っぽくないのだが、今回別の超能力者が登場したことで、もともとの「一風変わったミステリ」仕立ての物語に、特殊能力者と一般人の違いをめぐるミュータントテーマの側面が加わってきた。面白くなってきたが、奥付に寄ると年1話ペースでの発表なので、次巻は4年後かな(笑)?