2015年5月に読んだ本2015年06月01日 02時59分21秒

 最終週に海外出張等もあり、ばたばたしてちょっと少なめ。ともあれ、『紙の動物園』はよい短編集でした。

■高岡市万葉資料館『春の苑紅にほふ はじめての越中万葉』 岩崎書店
 佐竹美保による万葉絵本。実質的には佐竹美保画集? 教文館ナルニア国でこれの原画が展示されていてよかったので衝動買い(サイン本)。普段のファンタジー画でのタッチとはまた違った味わい。
 佐竹美保と言えば、奇想天外とかの小説のイラストで知っていたけど、実は『魔女の宅急便』シリーズの3巻以降の挿絵とか、『守り人』シリーズの「旅人」編の挿絵とか、さらには種々のファンタジーシリーズの挿画で勇名を馳せていたとは知らなかった。『魔女の宅急便』あたりは極力2巻までのテイストを残すような画風だし、「旅人」シリーズでは肉体の躍動感あふれるアクションを描いていたり、バリエーション豊かな活躍ぶり。

■成田美名子『花よりも花の如く』14巻 白泉社花とゆめコミックス
 本巻はヒロイン葉月へのストーカー事件にまつわるあれこれ。ストーカー事件の解決を通じて、現代の社会問題に対する成田美名子らしい問題意識が提示される。人間関係の描き方に「かくあれかし」との祈りが込められている感じがするのはいかにも成田美名子らしい。
 本シリーズでは(14巻時点でまだ2001年という設定ではあるが)随所にこういった社会派なエピソードが挿入されている。

■上橋菜穂子『炎路を行く者ー守り人作品集ー』 偕成社ワンダーランド
 ということで『守り人』シリーズマラソン無事終了。最後はヒュウゴとバルサの過去のエピソードで一番重い・苦いところをセットにした感じ。
 全体を通じて、単純な善悪二元論を排し、各キャラクターの背景や行動原理はまちまちながら、それらが最終的にはチャグムが目的を果たすことに収束していくシリーズ全体の構成の妙は、こんな表現をしてよいかどうか、不遇のニチアサアニメ『明日のナージャ』を連想した(あの作品では、孤児ナージャが母親と対面する、という目的に向けて、悪人が悪の行動原理で動いても、最後は目的に向けて物語が収束していった)。
 児童向けの作品として、こういう、悪人が簡単に改心しない、人の行動原理は統一できない、それでも自分たちは行動する、という物語が供給されることは、けっこう重要なのではないか、と思ってみたり。

■ケン・リュウ『紙の動物園』 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ
 一つ一つの短編に、他の作家ならすごく長い長編を書けてしまいそうなアイデアがあり、そのアイデアの分野も宇宙SF、進化、バイオ系など非常にバラエティに富んでいる。
 なおかつ、中国系の出自からくる中国や日本の文化や社会問題へのバックグラウンドがこれまでに読んだことのない作風に結実しているという印象を受けた。
 中華魔法?を情感豊かに描いた表題作、「日本人」をテーマにした宇宙SF「もののあはれ」あたりから初めて中盤、この作家の多様性を振幅たっぷりに体験させ、最後は中華スチームパンク?「良い狩りを」でしめる編成も見事。

※この後、別エントリで全収録短編へのコメントもしておきたい。

■アンナ・カヴァン『氷』 ちくま文庫
 サンリオSF文庫版を大学時代に読んで以来の再読。改訳のせいかリーダビリティは上がっている感じがする。
 語り手視点の「現実」と「幻想」が交錯するスタイルに慣れるまでに2章ほどかかったが、そのスタイルを飲み込んだ後は、圧倒的で美しいイメージの奔流をじっくり味わえた。傑作。
 サンリオでは出ていなかった『アサイラム・ピース』や、まだ読みさしの短編集『われはラザロ』などを通して、カヴァンへの自分の印象は随分変わったと思う。ヘロイン常用者という紹介から、PKDのような自分の体験をスケッチするようなスタイルの作家、という先入観がサンリオSF文庫時代についていたと思うが、そういった体験をモチーフに使いつつも、作品は極めて理知的に構築されているし、持ち味と言えるヴィジュアルイメージ喚起力の高い文章や表現も、意識的に練り込んでいるように思う。
 適切な例かわからないが、江國香織の短編がかなり意識的に「言葉」の使い方をコントロールしているのと同じように、カヴァン作品は常にオリジナルの「表現」を指向しているように思われる。
 そういう観点では、その練り込まれた「表現」の一つの到達点として、再読して改めて、本作はカヴァンの最高傑作といってよいのではないか、と思った。

ケン・リュウ『紙の動物園』2015年06月19日 05時12分03秒

 ということで、ケン・リュウ『紙の動物園』収録作へのコメントを簡単に。とにかく驚くのはアイデアの豊富さ、多様さ、さらに作品スタイルも短編ごとに使い分ける器用さ、そこに、アジア系、中国系の出自を意識させるバックグラウンドや、ほとんどの作品でエモーショナルな要素をなにかしら盛り込んでいる点などが、読後の印象を強いものにしているように思う。

「紙の動物園」
 この短編は、田舎ではナチュラルに使われていた「魔法」が物語のキーになっている点で、母子版「サンディエゴ・ライトフット・スー」の趣きを感じる。メインテーマは思春期にありがちな母子の断絶におきながら、その断絶のきっかけが子への愛情故の「魔法」であるところが切ない。さらに断絶の理由の一つとして中国の社会問題が盛り込まれている点も一種のスパイスとして効いている。

「もののあはれ」
 現代的でスタイリッシュな「宇宙船ペペペペラン」? 世代宇宙船による地球脱出とその宇宙船の危機と主人公の命が天秤にかけられるというある意味古典的でオチも予想できるアイデアストーリーだが、科学的な味付けに新味があるのと、海外から見た現代の「日本人」の行動規範?がストーリーの核になることでちょっと不思議な味わいの宇宙SFになった感じ。こういう物語は、逆に日本人では描けないように思った。

「月へ」
 「紙の動物園」ではあくまで物語の背景だった中国の社会問題のうちの一つが、むしろメインテーマに据えられた趣の一編。法の秩序と人間の幸福の対比、という点では、テーマとしては概ね『レ・ミゼラブル』に通底している感じ。演劇『レ・ミゼラブル』のエッセンスを短編に凝縮したような作品なんだなあ、と、ちょうどこれを読んだ直後に演劇の方を観て思った。

「結縄(けつじょう)」
 作品そのものの話ではないが、文明化の進んでいないところにいろいろな経験知とか魔法とかが埋もれているかもしれない、という視点としては「紙の動物園」や「良い狩りを」とも通底しているように思うし、人間の直感はアルゴリズムに置換可能、という考え方は全く味わいの異なる「愛のアルゴリズム」とも共通している。と、考えてみると、アイデア豊富なケン・リュウが短編のアイデアを発想するための思考法のいくつかが読み取れるかもしれない。
 (以下はちょっとネタバレ注意)ちょうどこれを読んだ直後、蛋白質のフォールディングをボランティア総掛かり?の解析で解いた、というニュースが流れたのが個人的にはタイムリーな感じだった。

「太平洋横断海底トンネル小史」
 改変歴史アイデアの一編。大事業がもたらす経済効果、科学技術への効果とともに、その事業の成功の影にかくれた歴史の暗部を描く。「月へ」や「文字占い師」にも通底する「重さ」を感じさせる。

「潮汐」
 イアン・ワトスン的と言うべきか、フリッツ・ライバー的というべきか、「そんなバカな!」というレベルの破天荒なアイデアストーリー。他の作品ではアイデアがそれぞれに理路整然としている印象なので、こんな作品も書けるという点は驚き。

「選抜宇宙種族の本づくり習性」
 「本」というものの本質についての破天荒な考察。書痴にはたまらない短編。登場人物の情動がストーリーの核となっている作品が多い中では異色に感じる、特定の登場人物が出てこない抽象的アイデアがメインの短編。一つ前の「潮汐」と合わせて作風の広さが伺える一編。

「心智五行」
 『ブラッド・ミュージック』より納得感のあるバイオ系SF。意外な方法論が物語のキーだったり、知財の観点が入ってたりするあたりは「結縄」にも通じるかな。
 あと、「結縄」とかこれとか、論文をさらっと読んでアイデアに転換する、というあたりは『ブラックジャック』あたりの手塚治虫に通じるところもあるかも。

「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」
 サイバーパンクアニメとして話題になった『楽園追放』が3本くらい作れそうなアイデアがこの短い短編に凝縮されているのに驚愕。展開されるヴィジョン、イメージの美しさ。未知に挑む科学者のモチベーション。そして母と娘の関係が暖かい読後感を残す。

「円弧(アーク)」
 不老不死が実現した世界での人間性のあり方を考察する一編。科学技術のアイデアそのものではなく、それによる社会や人間への影響を描く、という点では「ギャラクシー(雑誌)」の流れの一端かもしれない。

「波」
 『幼年期の終わり』が無限にスパイラルアップして行くような進化のヴィジョン。『幼年期の終わり』は進化に取り残される種族の諦観を描くが、この作品では一個人が進化に取り残されることなく階梯を登り続けることで、その視点が最後まで貫かれ、その過程での「家族」や「愛情」のありようまでが語られる。
 一人の視点で長大な歴史をみつめ続ける、という点では『火の鳥』「未来編」的でもあるが、進化が全肯定される点で圧倒的な楽観主義を感じる。

「1ビットのエラー」
 テッド・チャン「地獄とは神の不在なり」にインスパイアされた、とのことではあるが、「神を感じる」ことが天変地異レベルではなくあくまで個人的体験として描写されているため、味わいとしてはSFより普通小説寄りの仕上がりになっている感じがする。

「愛のアルゴリズム」
 十分に進歩したAIは人間と見分けがつかない、かもしれないが、開発者にとってはそれは「自分が作ることができる程度のもの」であることを意味する。「信じるべきもの」を信じられない故の悲劇、という点では「1ビットのエラー」と対になる作品かと思う。

「文字占い師」
 ストーリー的には中国現代史を背景にした「雉子も鳴かずば」といえるが、凄惨な描写には『はだしのゲン』戦中編を思わせる箇所もあり。ポリティカルな側面が強いという点では「月へ」と対となる作品かとも思う。
 キーとなる「文字占い」は漢字文化圏ならではのアイデアといえるが、「紙の動物園」の魔法と比べると作中でもその真偽が曖昧に(どちらとも取れる程度に)描かれており、この短編集の中ではいちばん普通小説的に読める作品かもしれない。

「良い狩りを」
 人間を狩る妖怪、妖怪を狩る人間、その民話的な構図が「文明」に滅ぼされていく…という切なさを描くだけでは留まらず、むしろその「文明」の力で話が意外な方向に展開する。妖怪譚で始まり、スチームパンクにたどりつく展開の妙と、ラスト近くの美しいイメージが余韻を残す。傑作。

<付記>
 一応、ベスト3投票には参加した。なんとも3作には選び難いところだったが、えいやっ、とばかりに 「どこかまったく別の場所でトナカイの大群が」「波」「良い狩りを」をセレクト(選択ポイントは喚起されるイメージの美しさ、かな)。
 …したところ、一部の方々からバイオSF「心智五行」を外した点についてお叱りを受けた(笑)。いや、だから、農芸化学者的には外すに忍びなかったんですよ(笑)。